
「ハリケーン / Hurricane」。
1976年にリリースされた、ボブ・ディラン17作目のスタジオ・アルバム 『欲望 / DESIRE』に収録された曲です。シングルカットもされて、全米最高位33位。 アルバムのほうは全米で1位を記録しています。
実在のボクサー、ルービン "ハリケーン" カーターを歌にした曲です。そのファイト・スタイルから、「ハリケーン」 という異名を持つボクサー、ハリケーン・カーターは、黒人ゆえの人種偏見によりキャリアの絶頂で冤罪によって投獄され、終身刑を言い渡されます。
ルービン・カーターは、獄中で自伝 『第16ラウンド / The Sixteen Round』 を書き、それを自らボブ・ディランに送ったのが1975年5月のこと。 これを読んだディランは刑務所のカーターを訪ね、その無実を確信し、このプロテスト・ソング 『ハリケーン』を、ジャック・レヴィという作詞家と共に書き上げたのだそうです。
11番まで続く歌詞には、事件の始まりから裁判の経緯までが語られています。 当時ボクシングの世界タイトル戦は通常15ラウンド制であり、 『第16ラウンド 』というのは、その後の戦いである獄中での戦いを示しています。

ルービン "ハリケーン" カーターの物語は、1996年に監督・ノーマン・ジェイソン、主演・デンゼル・ワシントンによって 『ザ・ハリケーン』 というタイトルで映画化もされています。『第16ラウンド』 を読んだ少年がカーターを刑務所に訪ね、何とかして助けだそうと動き出す実話を軸に映画は展開されていきます。
カーター役での出演に自ら名乗りを上げたデンゼル・ワシントンの渾身の演技が素晴らしいです。 86年に連邦裁によって無罪が確定し、晴れて無罪となるまでが描かれています。 最近 『グリーンブック』 を観たさい、『ミシシッピー・バーニング』 (1987) や 『マルコム・X』 (1992)、あるいは近年観た 『ドリーム』 (2016) などの映画と共に、この映画も頭をよぎったため記事としてまとめてみた次第です。
ボブ・ディランの 「ハリケーン」 は、映画では主題曲の形で使用されています。 他にはレイ・チャールズ、ルース・ブラウン、エタ・ジェイムス、そして "黒いディラン" の異名を持つギル・スコット・ヘロンの曲が使用されていることは特に記しておきたいところです。
ボブ・ディランの 「ハリケーン」 に話を戻しますが、初めて聴いた中坊の頃、ちょっと言葉では表現できない、すでに聴いていた他のロックとは明らかに違う種類のカッコ良さを感じたんですね。 歌詞の意味などわからなくても、たたみかけるような詞の連打に圧倒された、と言うか。 コトバの響き自体が、もうサウンドとしてカッコイイわけですよ。
「ハリケーン」 を含むアルバム 『欲望』 は、エミルー・ハリス以外はほとんど無名のミュージシャンたちによって録音されています。 このアルバムの雰囲気を作っている重要な要素であるヴァイオリンは、スカーレット・リヴェラというストレート・ミュージシャンで、ディランがNYを車で通りかかったさい、たまたま通りをヴァイオリン・ケースを持って歩いていた彼女に声をかけ誘った、というエピソードがあります。 ボブ・ディランって何ものにもとらわれない、閃きと直感のひとってことなんですかね。 すごい話です。
Hurricane (1976)
「ハリケーン」 でのディランの打ちつけるような言葉は、映画の中でカーターが言ったセリフ 「言葉は拳よりもはるかに強い」 という言葉と重なります、カーターの無実を信じる言葉として激しくROCKし、さらにその言葉はリズムに乗り、時にはみ出しながら転がっています。

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