昔大切なものを無くしたような気がすると言ったツグミ。
ビートはそれを探しに行こうといった。
浜に打ち上げられたこの船で。
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「ああ、この船はもうすぐ海に浮くで。」
「え?どうやるの?こんな大きい船。」
「今日は大潮や」
「おおしお?」
「そうや、まあ簡単に言うと、月や太陽に引っ張られて海が膨らむんや。しかももう少しで満潮や、これからどんどんと海面が高くなる。ワシの経験やとあと少しで船のとこまでくるで。」
「それで船が浮くの?」
「ああ。いままでこの世界はいろんな不思議なことがおこったやろ。そこにきてドンピシャで大潮の満潮や。」
ビートがそういうとツグミの足に波がかかった。
「あ!ほんとだ!もう海がこんなとこまで!」
「ほなもう乗っとこか」
「うん」
二人が船に乗り込むと、海は待っていたかのようにみるみると船の下に潜り込み、砂を削って船を浮かべた。
「やった!!本当に浮いたよ!」
「ああ、ほなエンジンスタートや」
ビートがキーを捻ると、エンジンは船を一瞬強く揺らし力強く唸りだした。
ブウォンッ!ドッドッドッドッ
「掛かった!」
「思った通りや ほな行くでー! とりかじ一杯! ヨーソロー!!」
ドッドッドッドッドドドドドドッー
ふたりの乗った船は船首を沖に向けてゆっくりと進みだした。
* * *
「でもこれからどこに行くの?」
「ん?全くの未定や。」
「ええ!?」
「そもそも地図があらへんし、あの島がどこにあるかも分からんもん」
「じゃあ何の根拠もなく走ってるの?」
「そうや、まるで人生と同じやな!アハハハ(笑)」
「いやいや、アハハハって・・・。それで大丈夫なの?何か計画とか・・」
「何もわからんのに計画立てたって意味ないやん。」
「それはそうだけど・・・、だけど、何の根拠もなく進むのはなんか怖いよ・・」
「そうか?まあ人間はそうなんかもな。ワシら野生はその日の飯さえ取れるかどうかすら分からず毎日生きとるんや。それでも皆命を全うしとる。それでええんちゃうの?」
「でも一生懸命食べ物を貯める動物もいるよね。」
「ああ、でも一生食い切れん量は貯めん。せいぜいそのシーズン分や」
「うーん、そういわれればそうか・・・」
「人間はのべつまくになしに貯めようとするやろ。あれなんでなん?必要のない労働をする分、まる損やん。逆に聞きたいわ。」
「うーん、必要ない分か・・、多分・・心配なんだよ。」
「ふーん、心配ねえ・・、ワシはもっと他に心配した方がええ事があるような気がすけどなあ。」
「他に?例えば?」
「他言うたら、それ以外全部や」
「それ以外全部?」
「そうや、せーへんでいい心配しなければすることや。」
「どういうこと?」
「逆に聞くけど、貯めへんでよーなったら何がやりたいんや。」
「え?それはもっと毎日を楽しむことだな。」
「それや。普通そうなんや。けどあんたらは「あー心配あー心配」いうて、楽しむことを後回しにして貯めなくてええもんばっかり貯めよる。それがよー分からんのや。」
「だって、それは心配だからだよ。」
「だからそれや、心配なんてすればするほどもっと心配になるんや。例えばワシらが時間をいっぱい使って獲らんでええエサを取りまくる。そんな一杯食えんからそこら中に隠す。
そんならその隠したエサが心配で、その見回りばっかりするようになる。でももっとあったらこの心配もなくなるんじゃないかと考えてさらにエサを貯める。そんなら、さらに貯めたそのエサが心配になって、もっとあれば安心できるんじゃないかともっと増やそうと頑張る。以下繰り返し。
ほんで気付いたらそれ以外の大切な、仲間と遊んだり、恋人見つけたり、子供に泳ぎ方教えたり、そんなワシらの体に刻まれてる一番大切な欲求を満たす時間がのーなる、分かるか?」
「一番大切な欲求・・」
「せや、一番大切な欲求を実現する。それが楽しむってことなんや。」
「それだったら、いつかエサが取れなくなって餓死するかもしれないじゃん。」
「そんならそれが寿命やったんや。何も体の寿命だけが本当の寿命やない、事故や天災で亡くなる人も仰山おる。でもそれも一つの寿命なんや。」
「事故・・・」
「仮に餓死せーへんですむ位大量に貯めてもそれが心配で、周りを疑ったり威嚇したりしてキョロキョロしてる人生って、何の意味があるん?そんな人生送りたいん?そんな奴と親しくしたいん?」
「・・・」
「ワシらは楽しむために生きとるんや。それが生物の本質や。」
「楽しむために生きてる・・」
「ああ、人生の意味はそれだけや。ツグミが心配して引き篭もっててもそれで人生を楽しんでるって言えるならワシはええと思う。だがな、それが辛かったり、詰まらなかったりしたら、それは間違えた方法やと思うで。」
「・・・」
ツグミはメタバースに出会う前の生活を思い出した。
「・・・そ、それは辛いよ!辛いし詰まらないに決まってるじゃん!だって!だって一人なんだよ!!ずーっと一人ぼっちなんだよ!! ウワーーーン!」
そういうとツグミは大粒の涙を流して泣き崩れた。
「そうや、ワシら生物が一番つらいのは、エサやカネが無い事やない、孤独や。この世に孤独ほど辛いもんはないんや。」
「ウゥ・・・」
「だから生きることが心配で得ることばっかり考えても、その分孤独になったらまったく意味がないんや。
たとえばな、一人きりの無人島で大量の食料に囲まれて寿命を全うするするか、もしかしたらエサがなくて餓死するかもしれん、天敵に襲われるかもしれん、だがそれまでは同じ時代を生きる仲間に囲まれて、笑い合ったり、恋愛したり、時には喧嘩したり、仲直りしたりして暮らすんとどっちええ?」
「それは・・・、たとえ途中で寿命がきたとしてもだれかといたいよ・・・。」
「そうや、それが生物として正しい感覚や。人生の時間は有限や、どこを大切にするか決めなあかん。けどあんさんが選んだ”引きこもり”は、食料が大量にある一人ぼっちの無人島や。だから辛いんや。
あんさんは小さいときに外で何か辛いことがあったかもしれん、だから外に出ることが怖なったのかもしれん、せやけど、一人ぼっちの無人島はそれよりもっと辛い場所やと気付いてたんやないか?」
「・・うん・・・、辛かった・・。」
「せや、たとえ人で傷ついたとしても、本当の喜びは人でしか味わえんのや。今ならわかるやろ。」
「うん・・、わかる、私、一生懸命自分を守ろうとしてたのに、どんどん自分を追い詰めてたんだね・・・」
そういうと、ツグミは再び大きな声を上げて泣いた。
ビートは優しくツグミを見つめていた。
その瞬間、辺りにファンファーレが鳴り響いた。
パッパララー、パララパッパララー、パラララーーー!
「え?なに?」
あたりを見回す二人、するとどこからともなく声が聞こえてきた。
「チーム、ツグミ&ビート、ミッションコンプリートです。」
「ミ、ミッション?」
「お?もしかしてゲームクリアしたんか?」
「はい!おめでとうございます!サバイバルゲーム制限時間内に見事クリアです!」
天の声がそう言うと、空一杯に祝砲が打ちあがった。
ドンドン!パンッ!パンッ!ドンドン!パンッ!パンッ!
「うわー!」
「うおー!」
二人は手を取り合って飛び跳ねて喜んだ。
* * *
「お、ここはスタート地点やな。ホンマあっという間やったな」
「うん、ビートが相棒で助かったよ。」
「ああ、ワシもツグミが相棒で助かったわ・・、ん?助かったかなぁ?」
「ええ!?酷ーい!」
「嘘や嘘、助かったわ。楽しかったしな」
「うん、私も楽しかった。でも本当にいろんなことがあったね。」
「ああ、あったなぁ・・」
「・・また会えるかな。」
「ああ、会えるで、ワシら相棒やさかいな」
「そうだね。」
「ほな、ワシはいくで」
「うん、じゃあまた。」
「ああ、またな・・・、ツグミ」
「ん?なに?」
「いや・・、なんでもあらへん。」
「なによ(笑) 気になるじゃない(笑)」
「・・・ 一度にたくさん牡蠣食うなよ!またオウェーやで(笑)」
「分かってるわよ(笑)」
「ほんならな」
「うん」
ビートはそう言って背中を見せるとふっと消えてしまった。
ツグミはビートがいた場所をしばらく眺めていた。
* * *
「お疲れ様ビートさん」
「よせやい(笑)、今回は無理言って悪かったなランちゃん、せやけどこれで思い残すことはないわ」
「そう、それは良かった。でもここに残ることもできるわよ?そのほうがツグミも喜ぶと思うけど。」
「ワシが?・・それはええわ。ワシは古いタイプの人間やさかいな。ここにはランちゃんもおるし、それにあいつも待っとるしな」
「そう・・そうね。あの人によろしく」
「ああ、ツグミちゃんは皆に見守られながら頼もしく成長しとるって言うとくわ。あ、そうや、あの磯にいた子は子供のころの奴か?」
「そう、やっぱり分かった?」
「そら分かるわ(笑)懐かしかったで、ありがとな」
「ううん、私の方こそありがとう。」
「ほんならな」
「うん、さようなら・・・」
ーーエピローグーーーーーーーーーーーーー
トットットットッ
「おはよーおかあさん、朝ごはんなーに?」
「あらツグミ今日は早いのね、今日はねえ・・」
「どうしたのお母さん?」
「ツグミ・・・、制服着て・・・・」
「あ、これ?なんかたまには学校行かないと皆の顔忘れちゃうかなって。変かな?」
「・・・、変なわけないじゃない・・・凄く・・似合ってるわよ・・・」
「やだ、お母さん泣かないでよ(笑)」
「だって・・・、なんで・・急に・・・」
「もう無人島生活はおしまいにしようと思って。」
「無人島?」
「あ、いや、それはこっちの話(笑)。なんかね、大切なものが外にあるような気がするんだ、だからそれを見つけにね。」
「大切な物・・・そう・・・、あ!ご飯、ご飯作らなきゃね!ちょっと待っててよ!」
「大丈夫だよ。まだ時間はあるから。」
「そうね、でも早く作るわ!」
「お母さん、いつもありがとうね。」
「・・・」
「じゃあ行ってくるよ!」
「うん、忘れ物ない?」
「久しぶりだから分からないや(笑)」
「そ、そうね。車に気を付けてね・・。」
「うん、じゃあ行ってきまーす!」
ガチャ、タバンッ タタタタタタッ
「おはよー!!」
ゲームチェンジャーズ 終