ツグミの作った巨木を利用した家。

だが完成直後に巨大猪の襲来を受け、そこからさらに3m上に緊急避難場所を作ることとなった。

作るといっても最初と同じように、枝が広がった所にできたスペースに草や葉を敷き詰め、上から蔦をたらして登りやすくするだけだ。

ツグミはその避難場所に、長い枝の先をナイフで削り尖らせた槍を持ち込んだ。
万が一動物が下から襲ってきたら、これで撃退するのだ。

「これでいいかな」

「ええんちゃうかな」

この木の家は洞窟よりも見晴らしも良く、危険を事前に察知できるという利点もある。

「じゃあ、せっかくだから新しい避難場所で作戦会議をしようか。」

「お、おう」

「まずこのツタをビートの腰に巻いてっと・・じゃ私が先に登って上から引っ張り上げるからね。」

「ほんま自分大丈夫か?」

「多分大丈夫だと思うけど、万が一落ちてもビートは野生動物だから平気でしょ?」

「まああんさんよりは丈夫に出来とるけどな。でもワシら野生は人間と違って病院行ったりできんひんから、ちょっとした怪我が命取りになるんや。せやからこう見えて意外に慎重派なんやで。」

「そっか・・・そう言われればそうだよね。」

「とは言ってもワシらは生まれたその瞬間から”死んで当然”を受け入れて生きとる。だからええで。」

「死んで当然?」

「なんや。なんか疑問か?」

「だって、”死んで当然”なんて聞いたことないよ。」

「ああ、あんさんら人間はそうやろな。生きて当然、健康で当然、食えて当然、勝って当然、評価されて当然、優しくされて当然、そうやって間違えた当然をたくさん抱え込んで生きとる。だからしょっちゅう思うようにいかなくて苦しむんやろ。」

「だって・・・生きるって当然だよね。ほら、今生きてるし。」

「逆になんでそう思うん?あんさんらは大人しい動物を家畜って名前つけて、勝手に自由を奪って、まだ幼いうちからバンバン殺して食っとるやろ。それって”死んで当然”を前提とした行為やん。せやんな?家畜は殺されて当然やんな?なのに、なんで自分らだけ”生きて当然”を前提としとるん?逆に聞きたいわ。」

「そ、それは・・・」

「そんな自分らだけの勘違いを信じ切っとるから、何千何万ちゅう神さん作り出して毎日のように拝み倒さなあかんのや。神さんもそんなしょっちゅう”生きて当然”なんて間違った前提で拝まれたら大変やで。「いやちゃうちゃう、あんさんが勘違いしとるだけで、死んで当然なんやで。だから苦しんだり悩んだりする必要なんてそもそもあらへんのやで」ってな。」

「死んで当然・・・」

「せや、この世にある当然はただ一つ ”死んで当然” だけや。人間以外の生物はみんなそれを前提に生きとる。だからワシらは神さん作って拝み倒す必要があらへんのや。あんたらの神さんも言うとるで「分かっとらんのは人間だけやな~」ってな」

ツグミはなんの疑問も持たず、毎日手軽に食べている”命”達を思い出していた。

「さ、ちゅうことで、ひっぱりあげる際には十分注意してや・・・あんさんヒョロヒョロでいまひとつ信用できんから。」

「う、うん。いくよー、うんしょうんしょ、あ!」

「うわっ!気ぃ付けてやっ!!」

「ご、ごめん!うんしょうんしょ、ふーっ、思ったより重いのね」

「ワシらこう見えて筋肉の塊やからな。それはそうとなんか腹減ってもうたな。」

「・・あんな話聞かされたら、なんか食欲なくなったよ・・・」

「は?なんでや。言ったやろ、死んで当然なんや。生きるためには常に死がつきものなんや。誰が悪いわけじゃない。そうやって命を循環させてワシら生きとる。せやから気にしてもしゃーない。誰かのおいしい食事になるその時まで食って食って生きるんや。」

「誰かのおいしい食事になる・・・。」

「あ、あんさんらは死んだら骨になるまで焼いてまうから、まるっきりの太り損やったな(笑)」

「太り損ってなによ。でもよくよく考えたらそうだよね(笑)」

「せや、あんさんらが太っても火葬場の燃料代ばっかりかかって誰も得せえへんからな。SDGsに反する唯一の生物や。その点、ワシが太ったらシャチが大喜びや(笑)」

ビートはそう言って自分のお腹を叩いた。

「ちょっと自虐ギャグ辞めてよ(笑)」

「せやな、アハハハ!」


* * *


「じゃあ前にビートが獲った魚を焼いて干物っぽくなったのが残ってるから、それを食べようか。」

「あの焼いたやつか。しかもカリカリのミイラみたいになっているやつ。あんな気色の悪いもんよー食えるな。ワシらは生魚が一番ええんや。できれば生きとるやつ。次点が死んだだけのやつ、焼いた魚なんてよー食わんわ。」

魚を生で丸飲みしてしまうのは食事の痕跡を残さないという点で、弱肉強食の自然界で生きていくには優れた戦略なのかもしれない。

もしかすると先ほどの巨大イノシシの来訪も、実は自分が焼いた魚のせいだった可能性もあるとツグミは思った。

「もしかしてさっきのイノシシは、焼いた魚の匂いに釣られてきたのかな。」

「イノシシはなんでも食うさかい、そういう可能性もあるやろな。でも普段は木の根っことかイモとかを主食にしとるらしいから、今まで嗅いだことのない珍しい匂いを確認しに来ただけちゃうかな。」

「そうかな・・」

「ま、過ぎたことは気にせんでええやろ。それより飯のことを考えんとな。ただ、またワシが野生のチート能力で魚取ってきたら、あんさんのサバイバル能力がちっとも上がらん。だから今度はあんさんが自分で魚を取る方法を考えなあかんな。」

「そっか、そうだね。やってみるよ。」

「捕り方についてはワシに考えがあるんや。あの魚の食べ残しがあるやろ。それを細かく砕いて海にまくんや。そうすると小魚が寄ってきよる。すると今度はそれを狙ってより大型の魚が寄ってきよる。それをあんさんが槍で突くんや。」

「そんなことできるかなあ・・・」

「できるかなあ・・・やあらへん、やるんや。生きるために」

ツグミはビートに言われた通り、焼き魚の食べ残しを集めて大きな葉の上に乗せ、それらを石でたたいて細かく砕いた。

さらに、木の先をナイフでとがらせた槍をもう一本作って、その後ろに長い蔦を括り付け、槍を海に投げても回収できるようにした。

ツグミはそれらをもってビートとともに海岸に向かって歩き出した。


* * * 


磯につくと早速、砕いた食べ残しを少しずつ海にばら撒いた。

しばらく待っていると来るわ来るわ、海を覆いつくさんばかりの小魚が集まってきた。

「あ!ほら!沢山魚が集まってきたよ!」

「うほっ!!やっぱり思った通りや!でかしたでツグミ!!ヒャッホーイ!!」

そういうとビートはいきなり海に飛び込み、猛スピードで小魚の大群に向かって何回も突進を繰り返した。

「え?ちょ、ちょっと!ビート!何やってんのよっ!」

集まった小魚は突然の捕食者に驚き、だんだん居なくなってしまった。

ビートはしばらく小魚の群れに突進を続けた後、水面から顔を出して言った。

「まあ、今回はこんなもんでええやろ!もう腹いっぱいや!」

「ちょっと!なによ!撒き餌は私の為じゃなくて自分の狩りを楽にするためだったんじゃない!ひどーい!」

「ちゃ、ちゃうがな!あんさんの為やがな!ほれ、魚一匹弱らしといたから、それに紐つけて浮かしておけば、デカい魚が寄ってきよる、そしたらあんさんが槍を射込めばデカい魚をゲットや!!引き上げの時にはワシも手伝うで!!」

そういって、小魚を一匹投げてきた。

「なんか騙されてる気がするけどなあ・・」

ツグミはビートを睨んだ。

ビートは隣で「ゲーっ」とゲップをした。


* * *


ツグミはツタの皮をはいで細い糸を作り、それを小魚のしっぽに結んで海に落とした。
小魚は弱弱しく体を斜めにしながら泳いでいる。


「じゃあ、このまま魚を浮かせておけばいいのね。こんなので本当に大きな魚なんて来るのかなぁ。」

「このあたりの海はみてのとおり人間が介在しとらんから、海にちょっとエサを撒いただけでぎょーさん魚の群れがやってきたやろ。」

「うん、正直びっくりしたよ」

「本来、自然っちゅうもんは大切に使っといたらこういうもんなんや。あ、しーっ、来とるで・・、槍かまえ」

ビートは沖の方を見据えながらツグミに指示した。

ツグミが目を凝らすと、大きな頭をした魚が沖からユラユラとコチラに向かってきているのが見えた。

「あれは・・、ロウニンアジやな。こんな浅場の岩礁にくるなんて珍しいな。やっぱ撒き餌が効いたんやな。奴はめっちゃすばしっこいから一発で仕留めんとあかんで・・・」

そうこうしているうちにロウニンアジは、弱った小魚を目指してスピードを上げて迫ってきたかと思うと、大きく口を開けて捕食態勢に入った!

ツグミは槍を大きく振りかぶる!

「よしっ!!!」

と投げようとした刹那、ツグミの後方からものすごい勢いで何かが飛んできて、ロウニンアジに突き刺さったかと思うと、体長80センチはあろうかというその魚はプカリと海面に浮かんだ。

「えっ!!??」

振り返ると後ろの小高い岩の上に、上半身裸で、腰に動物の毛皮を巻いた少年が立っていた。

少年はこちらに目もくれず海にサブンと飛び込み、あっという間にロウニンアジのところまで泳いでいくと、銛が刺さったままの魚の下あごを片手で掴み、海から上がってきた。

見ると銛は魚の脳天ど真ん中に見事に突き刺さっていた。

呆然とし立ち尽くすツグミとビート。

「ちょ・・・ちょっと・・・それ」

「これ、オレが獲ったからオレのだ。」

「えーっ!!??」