ついにツグミの足下まで来た巨大な猪は、ゴフゴフと荒い息をあげながら地面を嗅ぎまわっている。
ツグミは絶体絶命のピンチを迎えた。
ビートがいた方を見ると木の陰からしっぽが見えるが、微動だにしない。
「どうしよう・・・」
ツグミは身をかがめながら考えた。
しかし猪がこちらに気づけばその時点でゲーム終了となるような切羽詰まった状況では、気が焦るだけで突破口を見出すどころではなかった。
ツグミはもう一度ビートが隠れている木を見た。するとビートは木から顔を出し羽根を口にあて「シー」というポーズをしていた。
「ジッとしとけってことかな・・」
ツグミは頭を伏せた。
「(気付くな・・気付くな・・)」
ブフォッ ブフォッ・・・
足元では相変わらず規格外のモンスターの荒い息が、周辺の落ち葉を吹き飛ばしている。
もしこの巨大猪が顔を上げ樹上のツグミに気付けば、ツグミは急ごしらえの住処から一瞬で引きずり降ろされるだろう。
ツグミは息を殺して身を伏しているしかなかった。
それから5分
いや、それよりもずっと長い時間だった気がする。
気付くといつの間にか猪の荒々しい呼吸音は消えていた。
ツグミが恐る恐る顔を上げると、あの巨体はどこにも見当たらなかった。
安全を確認したツグミは、あおむけに倒れ込んだ。
「うわーよかったぁ~・・」
足元にはいつの間にかビートがいた。
「うわっ!どうやって登ったの!?」
驚くツグミにビートは冷静だ
「馬鹿にすんなや、この位登れるわ。
しかしあんさん、よくジーッとしとったな。あのイノシシを狩ろうとして立ち向かっていって、ゲームオーバーっていう連中は結構多いんや。この場合、大人しくしとったのが正解やったんや。」
「え?知ってたの?」
「いや、仲間からの情報や。ワシら全部つながっとるからな。」
ビートはそう言うとニヤリと笑った。
「まあ、あのイノシシはたんに迷い込んできたに過ぎんかったからな。あんさんがいらん事してターゲットになったら、ワシも出ていかんわけにいかんし、もうハチャメチャになっとったで。」
「そっか・・」
ツグミはへたり込んだ。
「ちなみにこのあたりってあれ以上怖い動物はいないよね・・。この家大丈夫かな・・・」
「いや、たぶんおると思う。せやなかったらイノシシももっとわんさかおるはずや。せやから奴らを普通に捕食する生態系ピラミッドの上のやつがおると思うわ。」
「・・・だよね・・・」
「自然で生きるっていうのは大変やで、怪我に気を付けながら、ああいう化け物から逃れながら、自分の体力が落ちる前に水や食糧を毎日確保せなならんのやからな。
せやけど狩る側も立場は一緒や、さらなる捕食動物から逃げながら食わな死んでまう。そう考えると、動物園のほうが楽かもな。でもワシから見て楽園の動物園にもなんや悩みがあるって聞いたことがあるから、あれはあれでなんかあるんやろな。」
「うん、私も動物園の動物がうつ症状を示すことがあるって話を聞いたことあるよ。」
「仲間の渡り鳥に聞いた話だと、奴ら完全に目が死んどるらしいな。」
「目が死んでるって(笑)。でも確かに活き活きって感じじゃないかな」
「あんさんもそうやろ?毎日餌もらえて、雨風も防げて、安全で一年中快適な楽園にいても、なんや不満をブーブー言っとるんやろ?」
「なによブーブーって!
でも・・、確かにご飯も毎日食べれて、誰に襲われることもない安全な家だよね・・
私は何で苦しんだろう・・」
「暇なんちゃうか?」
「暇?」
「せや、暇すぎてやることない罪悪感から自分が被害者になろうとしてるんちゃうか?」
「自分が被害者になろうとしてる・・・」
「みんな働いたり学校行ったりしてるのに、自分はなんや知らんけど、それが出来ない。その罪悪感から「本当の悪者は他にいる!私は被害者だ!」って思いたいんちゃうかな。だからいっつもその罪悪感を擦り付ける相手を探してるんやろ。
ワシらみたいな生活しとったら生きるので精いっぱいで、文句言ってる暇なんかあらへんもん。」
「私だってそんなつもりないよ! ないけど・・・」
ツグミはうつむき考え込んでしまった。
「まあ、今はそれは置いといて、とりあえず残りの期間を生き延びなあかん。それを考えるで」
「そうだね」
「まず現状分析や。あんさんとワシは強さって部分で考えるとここらでは最底辺の動物や。それは間違いないな。」
「ビートは野生だから結構強いんじゃないの?」
「アホぬかすな。ワシらが波打ち際を歩いていると、波とともにシャチがやってきてパックリ。また波とともに消えるっていうのテレビで見たことあらへんか?それに、陸ではヒナや卵が大型の海鳥にやられることも多々ある。あーこわっ」
ビートはブルッと身体を震わせた。
「せやから水陸両用のワシらでも危機感は常にビンビンにしとるわ。」
「そんな危ない状況にいつもいるのに、よく平然としていられるわね。」
「まぁそれが生まれたときからの日常やしなぁ・・・。正直、自分でもよー分からんわ。」
「私は出来るだけ安心して生きていきたいんだよね。」
「笑わせるなや、自然界に”安心”なんてあるわけないやん。あるのはどっちがマシかって位や。まあ、今回切り抜けたのは良かったで。ワシらみたいな弱い動物は知恵で切り抜けなあかん。で、この家はどうする?」
「そんなに危ない動物ばっかりなら、この家も危ないのかな。でも洞窟も逃げ場がなくて危ない。うーん・・・だったらもっと高い所に家を作ったらどうだろう。木のもっと上のほうに・・・最低限体を横に出来ればいいから。」
「あんまり高いとワシは登れんぞ」
「私が背負って登るわよ。それなら大丈夫でしょう。」
「有難いけど、どんなに高く昇ってもネコ科の動物が出たらアウトやけどな」
「いるんかーいっ」
「そらおらんとも言い切れんわ。でも奴らは下から襲ってくるさかい、上から槍状のもので撃退は可能かもしれん。平面での戦いよりいくらか有利やろ。」
「消去法で行くしかないか・・・。普通こんなゲームだったら武器とか出てくるんだけど、そういう武器ってないわけ?ロケットランチャーとか」
「ロケットランチャー?自分ゲームのやりすぎやろ。サバイバルやで?自分で作るしかないやん。せやけど、あんさんに作れるのはせいぜい槍とか頑張って石斧止まりやな。」
「槍か石斧であんな怪物と対決ってめっちゃ難易度高い・・・。こうなったらコソコソ隠れながら残りを生き延びるかぁ」
「まあ実際問題それも立派な生存戦略の一つやで。」
「でもそれは格好悪いなぁ・・」
「何言うてんねん!!」
ビートは急に羽をばたつかせ語気を強めた。
「人間だってな、最初から地上の王者だったわけやないんやで!裸同然のご先祖様がウホウホ言いながら、コソコソと格好悪くウンコ漏らしながら逃げ回って命をつないでくれたおかげで今あんさんがおるんや!それが生きるってことやで!」
「もうそんなに怒らなくたっていいじゃない、ちょっとそう思っただけよ・・。」
ツグミは木の上を見上げた。すると、今いる所からさらに4,5m位上の木が4又になっている。
今の場所よりだいぶ狭くなってしまうが、あそこでも横になることはできそうだ。
「あそこなら大丈夫かなぁ・・まあ間違いなくさっきのイノシシは登ってこれないわね。
でもやっぱり洞窟に家を作るっていうのも有りかなぁ。石を積み上げてフタをすれば夜に動物が入ってくることも防げるよね。でもあのイノシシなら簡単に崩されるか・・・」
考えあぐねているところで、ビートが思いついたかのように言い出した
「そや、ワシらの仲間でイワトビペンギンっちゅうのがおるんやけど、あいつらは崖に住んどるで。崖なら大型の獣はほぼ防げるんちゃうかな。」
イワトビペンギンは断崖絶壁に住んでその中で緩やかな傾斜に巣をつくって子育てをするようだ。これも外敵から逃れるための戦略だ。
「崖かあ・・」
「でも、そこやと今度は食料の調達がやりにくうなるけどな。」
「どこも一長一短ね・・そもそも崖じゃ私が転落っていう危険性が増えるよね。
じゃあ、とりあえずここを拠点にして、大きな獣が来た時の為に上に逃げれるように幹に足場を作っておく。それから木を削って槍も用意しておこう。で、ここを足がかりにちょっとづつ周りを探索して生活の場を広げて、もっと安全そうな場所があったら移動するって作戦はどうかな。」
「悪うないと思うで」
ツグミとビートは改めてこの場所を拠点にして付近を探索していくことにした。