メグミが新たに所有したはずの新しい仲間の為の集会所、それがある日突然使用禁止となっていた。

「なぜ?どうして・・・」

その場に立ち尽くしていても考えがまとまらないので、1人でメタバース中央局にいってみることにした。

そこはメタバース界の様々な事柄を扱っている。

要件を伝えると、やはりメグミの思っていた通り、皆の集合場所は現実世界の大手企業である「D3」の所有になったことがわかった。

登場時「自由」を全面的に出しPRしていたメタバースの世界であったが、最近では現実世界で大資本を握るものがコントロールできるような世界になりつつあった。

資本というのは単純にお金だけではなく人材という意味もある。

人1人の能力には限界がある。

だから人間は古代から協力して生活をしてきた。
あるものが狩りにいけば、残ったものは子供を育てる。

産業革命以降はさらなる役割の細分化で効率化を測り、社会を飛躍的に発展させていった。

その意味でいうとD3は現代における「狩り」に特化した集団であり、その高収入につられて能力の高い人間が多数集まって鎬をけずり、多くの脱落者をだしながらも、組織として莫大な利益を上げていた。

そして、今後メタバースで得られるだろう巨大な利益に目をつけ、政治力を駆使しルールを曲げ進出してきたのだった。

 

こうなると一般市民にはつけ入る隙がなくなる。


* * *



「ちょっとD3の人と会わせてもらいたいんですけどっ」

メグミはおだやかではない。

折角自分の仲間たちの居場所を作ったと思ったら、訳も分からず奪われてしまったのだ。

D3の担当者に会ったら、顔をみた瞬間に罵声を浴びせてやりたい気分だ。

「少々お待ちください・・・・お呼び出しします」

メタバースでは場所さえわかっていれば瞬時に移動できるため、現実世界とくらべて簡単に人に会うことができる。


ちなみに最近ではアバターもAI化する研究も進んでいるようだ。

アバターがAI化すると、たとえばアイドルが何万人ものファンと同時に個別に会う事も可能となる。

2010年代に流行ったアイドルの握手会だが、当時は大行列に並んだ挙げ句ものの数秒で終了となったのが、メタバースだと急かされることなくゆっくりと話すことが可能となるだろう。(おそらくそれは高額のお布施を積んだ人のみが得られる特典になるだろうが)

それどころか、膨大な個人データをアップロードすることにより、亡くなった人をメタバースに再生させる事もできる。

そうなると事実上人間は不老不死になる。

 

噂によると行動履歴を秘密裏にキャプチャーされ、勝手に自分の複製を作られているのではないかという都市伝説まで登場していた。

 

もはや「本当の人間」という定義すら危うくなってきていた。


* * *


メグミの目の前に不意に人が現れた。

身長は180cmほど、髪の毛は流行りの髪型で、色は浅黒く、細身のスーツを着込んで、いかにも仕事人間といった青年だった。

青年は言った。

「よう、カキザキ ひさしぶり 15年ぶりだな。俺だよナガノだよ。ナガノユウイチだよ。

「???ナガノ?ナガノなのか」

メグミは現れてきた青年に”カキザキ”と言われて面食らっていた。

大人になってはいるが、目の前にいるのは間違いなく小学校時代のクラスメイトのナガノユウイチではないか。


「カキザキ、なんだよメグミって。お前いつから女の子になったんだよ。リアルは良い歳したおっさんだろうが。笑えるよな~あのいじめっ子の カキザキ リュウタ がメグミちゃんとはよ。」

メグミは唖然とした。小学校時代に比較的遊んだ友人の1人であるナガノが、こちらへ薄ら笑いを浮かべながら、それでも敵意を感じる態度で話しかけてくる。

スーツをきた青年ナガノは、メグミに話す間を与えずにしゃべり続ける。

「カキザキ、お前むかしからやることが意味不明なんだよ、性別まで変えて、いい年こいて仲良しこよしの仲間集めか?相変わらず自分の事ばかり考えているんだな。」

「俺はお前にやられたこと忘れてないよ、そうだ、用水路でのザリガニ捕りの事覚えてるか?50匹は捕れたよな、あのときお前はザリガニを全部もって帰った。唖然としたよ。」

メグミは遠い記憶を辿ったが、うっすらとしか思い出せなかった。

「ザリガニ??そういえばザリガニ捕りにいったような気がするけど、ザリガニ捕りなんて何度も行ってた。一体いつの話だ。」

ナガノはイライラを押さえつけているようにみえる、手が小刻みに震えているのだ。彼に何にか気に触るようなことをしたかなと考えてみたが、ほとんど覚えがなかった。確かにナガノとは同じクラスだったことは覚えているが、それ以外になにがあったのだろうか、思い出せない。

「よく言うよな、いじめたほうは忘れてるけど、やられたほうは覚えてるってさ。他にもいろいろとガキ大将風吹かせてくれたけど、細かいことは一々言わないよ。ただお前については、嫌な思い出がいくつも残ってるんだよ。」

「だからってなんで、こんな事を?いやがらせか?」

メグミがそういうとナガノは鼻で笑った。

「いやがらせでもなんでもない、会社の方針だ。ここらあたりは全部D3が所有権をもつことになった。いろんな有象無象が各々にもっていたんじゃ、綺麗な街並みにはならないからな。お前は知らないだろうが新宿、渋谷、池袋、どこも戦後のどさくさでいろんな連中が占拠してたおかげで開発が遅れた。なんでもかんでも自由にやればいいってもんじゃないんだよ。こういうことは大きい資本を持っているものに任せればいい。」

「にしてもなんでナガノが現れるんだ」

するとナガノは薄笑いを浮かべて言った。

「偶然だよ、偶然。会社は将来有望そうなこのあたりの買収を進めていた。で、異議申し立てがあるという所を見てみて、しらべてみたらお前だったっていうわけだ。カキザキリョウタくん。しかもどういうわけか、女の子のアバターになってさ。どういうことだ?基本的に性別や年齢は詐称できないはずだぞ。ということはお前は女になったっていうことか?

俺らが一生懸命に命を削って働いているのに、仲間を集めてメタバース空間でのんびりと過ごそうなんて、あいかわらず君は本当に良いご身分だな。

これ以上はもう時間もないので失敬する。あ、勘違いするなよ、俺は普段こんな言葉遣いはしない、君だけの特別待遇だよ いじめっこのカキザキ リョウタくん、いい歳なんだから歳相応のことをしなよ(笑)」

そう言い残すと青年は消えた。

メグミはあらかじめ担当者に言おうとしていた文言をすべて忘れてしまっていた。

そして今でてきた青年、D3のナガノユウイチに対してやっと思い出してきたことは、彼の妹が小学校の時に病気で亡くなったこと。

そして彼に対して「おまえの妹って死んじゃったのか」というような言葉を投げかけたが、その瞬間彼にギロリと睨みつけられた。そんな記憶だ。

が、それ以外ナガノユウイチのことは思い出がない。とにかく影の薄い奴だったようにおもう。

ザリガニ捕り?あれはみんなで仲良くザリガニを捕りに行って、沢山捕れた楽しい思い出話ではなかったのか。

しかしナガノがメグミに対して、恨みと軽蔑を抱いているということだけがわかった。

メグミが本名は「カキザキ リョウタ」であることがなぜわかったのだろうか。
力をもった大きな会社であれば調べられるのだろうか。


* * *



メグミは思春期のある時期に自分が女性であることに気が気付き、それから引きこもりや親との対立、自らの精神的な病など困難なことがありながら、女性としてメタバースで生きていくことに活路を見出した。

「メタバースであれば外見におびえることなく自由に自分を表現できる。」

30歳を超えた男性である カキザキ リョウタ よりも本来の自分になれる、メグミ こそが本来の自分なのだ。そういう実感がある。

それがなぜいけないのだ。そういった思いがメグミの心に沸き起こってきた。

この事を他のメンバーに伝えるべきだろうか。

ある程度の年齢になっているだろうマサキやランには伝えられるかもしれないが、実年齢だろうツグミやリリコには、おそらく距離をとられてしまうかもしれない。

「実際の世界でもあおうよ」

そんな話は冗談でしかない。

メグミは現実では会うつもりはなかった。

それよりどう説明するべきか、それとメンバーの集いの場をどうするべきか…他の場所を入手するという手段もあるが、仮に今回の件が偶然ではなくナガノの嫌がらせだとしたら、また邪魔をされる可能性がある。そうなったら事情を話さないわけにはいかない。

しかし今は自分のジェンダーを含め、心の中にしまったほうが良いだろうと考えた。

 

なんでもかんでも人に言えばいいというものでもない。言った方はすっきりするかもしれないが、言われたほうは知らなければよかった話ということになるかもしれない。

 

そう自分に言い聞かせた。

「現実世界で不自由を抱えている者たちの居場所は、メタバースでも作れないのか・・・
いや・・・私が作る」

メグミはそう心に誓ったのであった。