今日もツグミはメタバースにアクセスしている。
メタバースのデバイスも驚くべき進化をつづけ、メガネをかけるだけで世界に没入できるようになった。
2010年代、テレビの3D化が流行ったことがある。
専用のメガネをかけると、テレビ映像が立体的に見えるというものだった。
しかしこの当時の3Dメガネは、その構造によりテレビ画面が暗くなるといった欠陥があり、コンテンツ不足や用途の限定性なども併せて登場から数年で姿を消していった。
同様にこのメタバース用の眼鏡もまったく問題が無いわけではなく、その根本解決のために人の視神経にダイレクトに情報を流す技術の開発が進められており、近々メガネは無くなるだろうといわれていた。
そんな日々進化するメタバースに最後に残った問題があった。
それは利用者の体力の低下である。
入浴や排泄など必要最低限の行動以外メタバースにいるということは、それはほぼ寝たきりの状態と言ってよく、当初から深刻な健康被害をもたらすと警鐘されてきた。
一説によると、一週間の寝たきり状態によって15%の筋力低下を引き起こし、メタバースに居れば居るほど、現実世界での生活が厳しくなってしまうのだ。
参考までに、重力すらない宇宙空間ではさらに深刻で、彼らは一日2時間を身体トレーニングに当てていたが、それでも重力がないことによる骨密度の低下などで、半年宇宙にいると元の体には戻れないほどの大きな肉体的変化が起こってしまうと報告されていた。
そのため、人類が本格的にメタバースに進出する際に避けて通れない身体の問題に対応するため、世界中で様々な研究がされていた。
その際に参考にされていたのは「動物」だった。
たとえばクマやカエルは冬になると数か月間飲まず食わずの冬眠状態になるが、冬眠が終わるとなんの問題もなく、再び厳しい自然環境を生き抜いていく。
アフリカにいる肺魚は、住んでいる湖が干上がると土の中で「夏眠状態」になるが、水が周囲に満たされると再び動きだし、その寿命はなんと100年にもなると言われている。
このように、動く物と書いて動物であるが、長期間動かなくても何の問題もない種が現にいるのだ。
これらのことを参考に人々は研究をすすめ、ついに長時間メタバースを利用しても身体能力の低下が起こらない仕組みに道筋をつける技術が開発された。
それが「リンクシステム」である。
リンクシステムはメタバースでの体験、経験が実際の生身の身体にも影響を及ぼすというシステムだ。
メタバース空間で歩けば、現実の身体も歩いたような電気信号を脳はうけ、筋肉も反応するようになる。これらはまだ完全ではないものの、メタバースによる身体機能低下防止の有効策の一つとして期待され導入されている。
ちなみにこのリンクシステムは安全上刺激の上限も決められており、最大でも低周波治療器程度だった。
しかしそれでも「身体の生体バランス維持」という点においては、必要十分な効果があると考えられていた。
* * *
「なんかみんなが集まれる場所って欲しいよね。」
何気ない雑談をしていたメグミが急にそう言った。
メグミによると、そもそも人間は自分の「所属している場所」を欲しているのだそうだ。
自分の居場所、つまり自分の存在意義だ。
そういわれてみるとツグミにも思い当たることがある
父親が「うちの会社は業界トップなんだ」と誇れば、母親が「貴方の伯父さんは弁護士なんだから」と自らの血筋をアピールする。
つまり皆自分が価値のある存在であることを確認したいのだ。
メグミの言う通りなのかもしれないなと思った。
ツグミにしても、学校での居場所の無さから孤独になって引き篭もり、それが原因でさらに家でも居場所がなくなるという悪循環になり、このメタバースが最後の居場所となっていた。
そう考えると、ここを紹介してくれたお医者さんは、私のそんな気持ちを見抜いてここを用意してくれたのかもしれない。
ツグミはそう思った。
「そうだねメグミちゃん、ちょっとみんなに声をかけてさ、自由に集まれる場所を作れたら楽しいよね。学校っていうのではないけど、寄合みたいな」
「寄合??なにそれ(笑)ツグミちゃんって本当はいくつなの??(笑)」
ともあれ、顔見知りが気軽にあつまれる空間があると安心だと思い、ツグミも賛同した。
メグミはすでにメタバースにある一室を借りていたようだ。
「一応メンバー制にしようと思っているんだ。で、メンバー集めはツグミちゃんにまかせるわ、よろしくね!」
「ええ!」
何かを任せられるのは得意ではないが、ツグミはメンバーを考えてみた。
まずは自分とメグミ、あとは・・・絵を売っていたリリコ、技術者のマサキ、年齢不詳だったラン、そして元不良グループのヤス。
この4人がぱっと思い浮かんだ。
ツグミがメタバースにきてから知り合った人達だ。
来てくれるかわからないが、とりあえず連絡をとってみることにした。
メタバースでは過去にある程度の交流があった人とは、自動的に連絡が取れるようになる。
それは相手がブロックしないかぎりではあるが、そう考えると仮想空間といえども実は現実世界以上に高いコミュニケーションスキルが求められると言えそうだ。
* * *
数十分後、ツグミの誘い方がよかったのか、意外なことに皆OKという返事が来た。
メタバース空間は広い、みんなも考えてみれば広い空間を知り合いを探してウロウロするより、心安いと思ったのかもしれない。
早速、2人のいる部屋に入ってきた人物がいた。
「よう、久しぶりだな」
ヤスだった。
ヤスは最近はメタバース空間での警備の仕事をしているとのことで、特殊部隊のような格好をしている。
この世界においてテスターであるヤスは、他の人達とくらべても身体能力がずば抜けているため、まだ治安が安定していないこの世界ではある意味適任者だった。
「最近お前らはなにをやっているわけ?」
ヤスは自信に満ちた顔で聞いてきた。
「正直、誘ってくれて嬉しかったよ。
あの後さ、毎日一人で街の掃除をしてたらさ、いつもベンチに座って俺が掃除するのを眺めてた爺さんにいきなり「この世界の警察みたいな仕事をしてみないか?」って声を掛けられたんだよ。
最初は、え?この俺が警察?つかあんた誰だよ。と思ったけど、なんだか嬉しくてよくわからないまま引き受けたんだ。
ついこの間までゲーセンでたむろしてた俺が警察だよ?
人生はわからないもんだよ(笑)
それから結構大変ながらも充実した毎日を送ってるんだけど、たまには緊張から解放されて息抜きしたいと思ってたところなんだ。ありがたいよ。」
ヤスは嬉しそうに話した。
そんなうれしそうなヤスの顔を見て、ツグミはメグミのいうとおり集まれる場所を作って良かったと思った。
そんな話をしていると、「ちわー」
リリコだ。
リリコはメタバースで絵を売って生計をたてている。最近は新しい絵の構想を練る為に、色々な所に行っているらしい。
リリコは、絵が売れ始めるとそれに伴い周りの期待も高くなるので、毎回それに応えなくちゃいけないから大変なんだという話をしていた。
「好きな絵を書いて売れたらラッキー位に思っていたけど、売れたら売れたで期待値もたかまっちゃうからプレッシャーになるのよね。死んだあとに有名になったゴッホがうらやましいわ」
と冗談めかして言っていた。
「こんにちはー」
続いて来たのはランだった。
ランはメタバースで目が見えるということに徐々に慣れてきたようだったが、その反面、現実世界での音や空気を感じる能力が衰えた気がする、歳かしら。なんていう話をしていた。
ふとみるとヤスとリリコも仲良くしゃべっているようだった。
メグミの考えていたように、みんな居場所をもとめていたのかもしれない。やっぱりこういう集まる場所って必要なんだな。なんだかうれしい気分になったツグミだった。
* * *
翌日の事だった。
部屋に入ろうとしたら扉があかない。
「あれ?なんで入れないの?」
見ると扉に「立ち入り禁止」という文字が浮かんでおり、「この場所は本日から使用できません」と音声が流れている。
ツグミは混乱した。いままでメタバースでこういった立ち入り禁止のような場所は一切無かったからだ。
「なんで??メタバースって自由な空間じゃないの??」
するといつの間にか隣にいたメグミが溜息混じりに言った。
「ここにもきたか・・・。最近、メタバースに現実世界の大手資本が入り込み始めたのよ。
彼らは現実世界の権力とお金の力で、自分達の都合のいいようにルールを塗り替えようとしているらしいわ。
「でもいきなりこんなの納得いかないよ!折角みつけた居場所なのに・・・。」
ツグミとメグミは「立ち入り禁止」の文字の前で立ち尽くしていた。