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14問 法律の錯誤【判例:違法性の意識不要説 前田説(判例と結論同じ)で】

 法律の錯誤とは、行為者が、錯誤によって、その行為が法律上許されないことをしらないこと、すなわち、違法性の意識を欠く場合を言う。法律の錯誤は故意を阻却するだろうか。383項は、この「法律の錯誤」関する規定であるが、この規定の解釈については、違法性の意識が故意の要件かと関連して見解が分かれているのである。

 この点、違法性の意識が故意の要件であるとの厳格故意説によれば、法律の錯誤は故意を阻却することになる。しかし、厳格故意説は、犯行の反復によって、違法性の意識が鈍磨してくる常習性を重く処罰する理由や、確信犯の処罰をせつめいしえなくなり、妥当ではない。

 思うに、故意犯は過失犯よりもはるかに重く処罰されているが、重い刑罰に見合うだけの非難を向けうる主観的事情があるからに他ならない。そして、そのような主観的事情としては、一般人ならば当該犯罪類型の違法性を意識しうる程度の事実の認識と解すべきである。

 なぜなら、そのような事実の認識がある時には、一般人ならば違法性の意識を生じ、当該犯罪行為を思いとどまるべきであり、国民の規範意識からみて、故意犯として重い非難を向けうることができるからである。

 結局、381項にいう犯意すなわち故意が存するかは、具体的な場合において、一般人ならば違法性の意識を持ちうるだけの事実の認識があったか否かにより判定されざるを得ない。

 そして、かかる事実の認識がある以上、故意は在するというべきであり、法律の錯誤があったとしても、故意の成否に影響しないと解すべきである。

 この点、違法性の意識の可能性が故意の要件であるとの見解(制限故意説)や、違法性の意識の可能性は、故意・過失とは別個の責任要素であるとの見解(責任説)もある。

 しかし、前述した故意の成立に必要な事実の認識として、一般人が違法性を意識しうるだけの事実の認識を要求する以上、故意の有無に上乗せして、違法性の意識、ないしその可能性を問題にする必要はないはずである。よって、右見解はいずれもだとうではない。

 以上から、383項の「法律」とは違法性を意味し、法律の錯誤は故意を阻却しないと考える。

以上

(故意)

38条 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。

2 重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。

3 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。

                                       以上