中・高校の部活動で得たもの | 千葉市ではたらく社長のブログ
最近先日の東京マラソンで日本人トップで3位になった、
川内優輝さんの走っている姿を拝見し、自分が陸上をやっていた時の事を強く思い出す。

もともと中学入学時はバスケ部だった自分が陸上を始めた理由は、
私を何度も勧誘する先生がいて、辞める気も無かったが、
「陸上部に憧れの先輩がいたから」転部を決意してしまうという、なんとも不純な話し。

中学1年の6月頃から始めた俺は、当時は部内ではビリで、
200メートルトラックで練習しているときは周回遅れになったり、
朝練習のメニューを全てこなせず、一個上の先輩に遅いことをなじって来る先輩がいたり、
同級生にも屈辱的な事を言われたりしていたけど、秋には学年でトップになり、
なじられたり、屈辱的な事もなくなっていた。

所属していた学校が強かった事もあり、中学生時代は

全国大会 出場2回、入賞1回
関東大会 出場2回、優勝1回、入賞1回

校内はもちろんの事、外に出ても自分の顔を知っている人も多く、
声を掛けられたり、褒められたりと軽く有名人だった。

その後高校への進学時には、数校から推薦入学やら特待やらのお話しがあり、
一番有力だった有名大学の付属高校は大学進学の条件付で話しを頂き、
高校の監督がわざわざ中学校まで来て、
高校の監督、両親、自分、部の顧問、担任の先生の6者面談までしたのに、
一番強い学校に行きたいと意地をはり、某市立高校へ入学。
この時は、親の期待を裏切ったと思う。

念願かなった市立高校は、県内トップクラスの選手や、監督のお眼鏡にかなった、
隠れた才能を持った選手が集まり、選手になるのも一苦労。
中学時代の「井の中の蛙」も、高校では選手になれず、人生初めての挫折を味わう。

そして高校卒業後はハーフとフルマラソンを数回完走。
(ハーフ 1時間22分 フル3時間8分45秒)
あくまで今まで自分がやってきた事の締めくくりとして、記念ランみたいな物。

この全くの対象的な中学、高校時代の競技生活は今考えると、
今の人間形成に大きく役立っているように思う。

中学時代は、本当にスター選手みたいにさせられきっと図に乗っていたと思う。
勿論中学生だから新聞やテレビに大々的に出る事もないけど、
地域や学校の中では大盛り上がりで、
大会が近づけば掃除やホームルームは免除され練習へいかせてもらえるし、
試合の為に学校は行かなくていいし、
全校集会のほとんどは、何かしらの表彰を壇上で受ける為、舞台袖で待機。
そして、近くのスポーツ店からは商品の提供までもらっちゃう。
また壮行会も何度もやってもらい、市や県からも表彰をされ、知らない人からも声をかけられる始末。

この期待やプレッシャーが頑張る原動力にはなったし、責任感も植え付けられた。

監督だけは選手達が勘違いしないように、挨拶やルールを守る事の大切さについて、教育してくれた。

「選手の前に人でありなさい。目立つ分、文句もやっかみもある」

最高学年になった時は特に強烈で、外部の人からも○中の○○君だよね?って声を掛けられたり、
主力だった事もあり、
「お前は見られているんだから、きちんとした生活を送らなくてはいけない」と、
競技の事よりも、生活態度を強く教えてもらったように思う。

それでも子供だった自分は、強ければ何でもいいんだ!なんて思っていたと思う。
それにそれだけの努力も惜しまなかった。
他の生徒が遊んでいても我慢して、練習や節制に努めたし、教えどおりきちんとした学校生活もした。


一方の高校生活はというと、、小さな怪我の繰り返しととそこそこの能力だった為に、
なかずとばずで終わり、大きな大会では選手にはなれなかった。
中学を出るときは、
「高校で都大路(高校野球でいう甲子園)を走り箱根路まで行くんだ」なんて、
夢を膨らませた少年にとっては結構辛い挫折だった。

チームのメンバーは中学時代は自分よりも弱い選手だったにも関わらず、
どうしても勝てない存在になり、自分自身の思う走りも出来ず、
周りもにも、
「何故走れないのか」と疑問にも思われてた。
お前はもっと走れるはずなのに、なんで?
何でって言われても、ねぇ・・・

中学時代を知る、他校の選手に会えば心配され、
見た事も無い知らない選手にも「中学時代早かった○○君だよね?」なんて言われたり・・・
当時は苦しく、悩み、悔しくて走りながら涙を流した事もあった。
あんな屈辱感や苦しみは今も忘れない。

それでも全国的に名の通っている学校だけに、ネームバリューだけで言い寄ってくる人もいたり、
本人の事も知らないのに、チヤホヤされる事もあってさらに嫌な思いをした。
もちろん実力的に考えれば他校で通用するし、それだけの事をやっている自信はあったけど、
それはあくまで他校で自分の高校では補欠選手。
中身を見ないで、判断される事に凄く違和感を感じた。

そして進路について動き出す時期になると、弱い3年生は(ほぼ)強制退部を余儀なくされ、
最後のチャンスである、冬の全国駅伝に挑むフィールドも断たれる・・・
この強制退部は選手の事を考えての事なのだけど、当時の自分には本当に辛かった。

こんな学生時代を送り今でも感じている事は、
・上げられて調子に乗らず、納得するまでやり切る事の大切さ。
・中身が伴い結果を出して初めて、称賛を受け入れていい事。
・ネームバリューやイメージだけで言い寄ってくるのは薄っぺらく、信用できないって事。
(結構、嫌な想いをしたからなおさら。)
・人の痛みや辛さを本当の意味で理解出来ない人間の浅はかさ。
・勝負の世界は一番でないと意味が無い事。

あくまで部活動だけど、当時の自分にとっては全てで人生をこれに賭けていた。
そのおかげで、高校、大学と本当の意味で受験ていうのはした事がない。
高校、大学、就職活動、全て1つしか受けずに来ているから、陸上に頭は上がらない。
そして努力をする事や天と地を見せられた事で、人間的にも大きく成長が出来たと思う。

上記の箇条で書いた事以外にももっと細かな具体的な事もたくさんあるけど、
たかが部活動だが、人生をかけた物から得た教訓の多くはは今の仕事にも活きている。