サイコロを振って、よしUS.CPA 勉強しよう となってからは、私の行動は早かったと思います。

アナリスト試験で通っていた予備校に行って、体験講義DVDを視聴し、そして、説明会に。
体験講義である程度受講しても付いていけるという手応えを持っていたのですが、説明会でその思いは強くなりました。

偶然にも説明会を担当された講師は私と同じ既婚の女性。その先生も結婚してから受検を目指されたそうです。その先生とお話できたことで、モチベーションがアップして、勉強するのも楽しみになりました。。

当初は派遣で働きながらの受験を想定していたのですが、当面は無職のままで受講をスタートすることに。
暑くてどうせ就職活動のスーツ着れないし、、という弱音もあり、とにかく、このやる気のある時期に、勢いで、勉強の山を越えてしまおうという作戦でした。

6月22日に予備校の受講を申込み、受講が始まるまでは簿記2級と先に来ていたテキストが来ていたFAR1の勉強軽くしながら待ちました。

結果として、今現在、勉強が心から楽しいです。無職の不安が消えたわけではないですが、それを上回る楽しさです。

来年の受験目指して、全力で頑張ります!

6月の証券アナリスト試験終了後、ただ、何もすることなく、暑くて出かける気も全く起きず、自宅でテレビを見たり、本を読んだりする日々が続きました。
そして、ある時思い立ちました。

これから先どうしようってぐるぐる考えたところで、答えなんかどれを選んでも同じかもしれないと。

投げやりに聞こえるかもしれないですが、実際投げやりだったのかもしれないのですが、私は自分の運の良さに賭けることにしました。(私が運が良いと言うのはこの話題からは脱線するので書きませんが、結構運は良い方です。だからこそ、今回の試練は、、試練だったわけで)

何をどう賭けるって、これから先の自分の人生の選択をサイコロを振って決めることです。
選択肢は色々考えた末に、資格の取得を2つの欄に書きました。一つは確か法律系で、もう一つはアナリスト試験の勉強で予備校に通ってる際に気になっていたUS.CPA。他にも起業とかもありました。


冗談かと思われる方もいらっしゃるかもしれないですが、私は真面目に考えに考え抜いて選択肢を6つ用意し、真剣にサイコロを振りました。

ドキドキしながらサイコロを振った先。番号は忘れましたが、US.CPAと書いてありました。

こうして、私のUS.CPA の学習がスタートしたのです。

こうなると、突き進むタイプの私は高額の学費がどうのとか、US.CPAの資格の有効性がどうのとか雑音は全く気にならなくなりました。やってみてから考えれば良い。だって。。

サイコロが進めって言ったんだから。
2010年7月に2社目の会社を退職して、失業期間に入りました。
自発的な失業でしたが、正直こんなに長い間仕事をしないで生活する私を、その時の私は想像できませんでした。求人が厳しい事は十分承知していたのですが、そこそこキャリアに自信のあった、自分は大丈夫と勝手に考えていたのです。

私のキャリアは2003年の超就職氷河期からスタートしています。当時何も持ってなかった大学生だった自分でも、就職できたんだからと楽観的でした。

実際2010年12月にある外資系の金融機関で4次面接まで進んだのですが、そこで落ちてしまい、もう決まったとばかり思っていた私は、敢え無く軌道修正を迫られます。
それ以降、2次面接に進むのがやっと、英語面接で落とされ、書類で落とされ。もはや、何で落とされてるのかもわからなくなって悩んでしまいました。

生活は恵まれたことに結婚しているので、長引いたところで、困る事はないのですが、それまで自分のキャリアに僅かばかり自信を持っていた楽観的な私はさすがに堪えました。

思えば大学生の頃、面接が進まないで落ち込んで「私って社会にはいらない子」と感じた時期がありました。30歳になってそんな思いを再び味わうことになるとは、何とも情けない話です。

そんな中2011年3月11日。あの震災が発生。ますます再就職は厳しい状況になりました。

2011年6月。アナリスト試験の2次試験が終了し、ひとまず、前の会社で宿題になっていた資格試験の勉強は終了しました。試験の結果には自信はなかったのですが、いずれにせよ、もし次回受けるにしても1年後です。私はひとまず何もやることがなくなってしまい、就職活動へのやる気も暑さとともに減退。
ただ、この先どうしようとぐるぐる思いはめぐるのでした。(その2に続く)