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 日本はまだまだ大丈夫!

産経新聞 【ソウルからヨボセヨ】 東条さんの健闘(08/19)
 

曰く、
「放送後の視聴者の反応は「日本人の主張には同意しないが討論は日本人の勝ち」というものだった。そして感情むき出しでしか対応できなかった韓国代表に歯ぎしりし「もっとちゃんとした討論者をなぜ出さなかったのか」とテレビ局へのおしかりが多かったとか。」

 

グッジョブ>東条由布子さんヽ(´ー`)ノ

1月28日 に引き続き、またしてもあがっちゃいました。>バッテリーヽ(;´Д`)ノ

 

来週の「江の島音楽祭 」に向けて搬入とかしなきゃならないので、とりあえず充電して動かして、そのままオートバックスへ直行したのであった。(^◇^;)

060819


いよいよ1週間後に迫った「江の島音楽祭

今日はその告知イベントを湘南モールフィル にて開催。


手伝いに行ったら、いきなり「PAやって!」って、オイラやったことないんだけど。。。σ(^_^;


途中ハウらせながらも、なんとか無事終了。


皆さん、来週末は江の島で最後の夏を満喫してくださいませ。m(__)m

北マリアナ諸島ローカル情報満載ファイル 」より
 
■123、天皇、サイパン訪問中の「ちょっといい話」①
 
 現地サイパンでは、天皇は「日本人慰霊碑」や民間人がたくさん亡くなった「バンザイクリフ」や「スーサイドクリフ」を慰霊されると発表されていた。そして、丁度この頃、竹島領有問題や教科書問題等々で韓国国内には強い反日運動が高まっていた。そのような伏線があって、サイパンに住む韓国人たちが韓国人戦没慰霊碑のある場所に天皇を中傷するような横断幕を天皇訪問前に掲げたのである。ここは天皇が「バンザイクリフ」慰霊の時に必ず通るルートになっており、ここに張られた横断幕は嫌がおうにも天皇の目につくことになる。これには韓国と日本の複雑な歴史問題が絡んでおり、強行に撤廃を要求できず、これには現地の領事や日本人会もお手上げ状態で困惑していた。その時、この国際的な難問題を一気に解決したのが戦前の日本統治時代に日本式教育を受けた現地チャモロ人の一年配女性であった。この女性(現地最大のスーパーマーケット「ジューテン」の経営者の母親)が自分達の島で韓国人たちが勝手な振る舞いをすることは許さない、と怒り出したのである。「天皇は神様である(戦前、チャモロ人たちは皆そのような教育をされたのである)。その神様が我々の島に来て下さるというのに韓国人たちは何と不届きなことをするのだ。」と。すると、直ぐにこの女性に多くのチャモロ人が同調して、天皇を中傷するような不届きな横断幕を撤収しろと騒ぎ出したのである。これには現地政府から査証を発給してもらっているという弱みを持つ韓国人たちはなす術なく、天皇訪問(6月27日)直前に撤収したのである。我々日本人としては、何とも複雑な心境ではあるが、これで一件落着となった。

 

 この一件は北マリアナ諸島の人たちの親日振りをよく表わしていると云える。我々KFCがマリアナをこよなく愛しているのもこの年配女性のような日本に対する「気持ち」を持っている人がたくさんいるからであり、決して南の島が好きという単純な理由だけではない。

麻生外相、ロシア側に抗議 遺体引き渡しなど要求
 
について、80年前の日本はどう対応したか?

 

メルマガ「JOG Wing 国際派日本人の情報ファイル No.761 H15.12.10」 より
 

 父の友人に樋浦丈作さんといふ越後人がありました。
 明治の御代に雪の越後を後にして、数多辛酸を嘗め、戦後は小金持になり、総武線沿線に櫻湯とふ銭湯八店舗など経営して世を終へられました。

 

 この御仁が、大正の末か昭和の初め、蟹工船に乗組んで北洋漁業に従事してゐた時の話です。

 

 氷濤の中、果敢に操業してゐた或日、突然蘇聯(ソ連)の警備艦艇に謂れ無く拿捕され、乗組員一同、浦塩に聯行、抑留されました。此処までは今日と同じです。

 

 取調べは惨たらしいもので、生きて再び日の目を拝めるか、と思った程ださうです。ありもせぬ犯罪事實の自白を強要され、半殺し状態で朝を迎へ、再び鐵格子の中から引き出されました。いよいよ殺されるかと半ば覚悟した途端、何故か赤魔官憲の態度が掌を返す如くに豹変し、捜査は打切り、無罪放免、露西亜紅茶まで振舞ってにこやかに釈放するではありませんか。

 

 解き放たれた樋浦さん達は警察署だか獄舎だかの外へ出ました。

 

 天然の港町なら大概、地形的に港へ向って傾斜し、海側の眺望が開けているものです 半信半疑の儘、ともかくも港へ向はうとふらつく脚を海へ向けました。その瞬間、何故、助かったかが判りました。

 

 沖には日本海軍の大艦隊が間近く展開し、旗艦たる巡洋艦以下、各艦砲身を陸に向け、砲門を開き、その強大な攻撃力は毎分幾百幾千發ぞ。陛下の赤子にかすり傷だに負はせなば、ウラジオストックそのものを消滅させんばかりの圧倒的武威を以てソヴィエト社會主義共和國聯邦を威圧して呉れてゐたのです。旭日の軍艦旗の何と美しく、浮かべる城の何と頼もしかったことでせう。皆、感泣しました。鋼鐵の艦体に頬ずりしたい思ひで‥‥

 

 舳(みよし)に菊の御紋を戴いた日之本の國の鎮(しずめ)に護られて、樋浦さんは無事、日本に帰りました。取るにも足らぬ漁舟の、僅かな人数の乗組員の為に、大國相手の戦争をも辞せず、瞬く間に艦隊を繰り出して救出してくれた祖國日本の親心に酬いる為にも、なほ一層仕事に励み、三代の御代を生き抜いて、二十年ほど前に亡くなりました。

 

 勤倹貯蓄、關東大震災の前の歳に買ったといふ革靴を、靴底だけ張替へ張替へして生涯穿き続けた一生でした。「贅澤をする金があったら海軍に献金でもせい!」

 

 國家國民が心から一体感を抱き、同胞愛に燃えてゐた時代の想ひ出を、聞いたままに記した次第です。

エイッ‾! かんしゃく爆発

自称「韓国出身・東京在住の女子大生」izanamiさんのブログ。
かなり面白いです。コメントが。ヘ(゚◇、゚)ノ


ヘビーローテーションでヲチしてます。