左「牡蠣」、右「あんきも」。
どっちもイマイチであった。( ̄ω ̄;)
あんきもはサービスなのにゼータクである。。。ヘ(゚◇、゚)ノ
築地「たべんば」にて。
ところで、我々の祖先は、なぜそれほどまでに男系男子にこだわったのだろうか。血筋とは、男性によって伝えられる、という信仰があったためであろう。これは迷信ではなく、現代の遺伝学では、それに相当する法則が発見されている。
性染色体はX染色体とY染色体の2種類があり、男性はXY、女性はXXからなる。この2人から生まれた子供は、父親のX、Yのどちらかと、母親の2種類のXのどちらかの組合せを持つことになる。
男の子は父親のYと母親のどちらかのXを持つ。したがって、Y染色体は代々男親から男の子へとかならず継承されるのである。女の子はX染色体しか持っていないから、将来他の男子と結婚して、男の子を産んでも、その子のY染色体は自分の父親のものではない。だから女系ではY染色体は伝わらないのである。
「万世一系の皇統」とは、今上陛下や皇太子殿下、秋篠宮殿下が持たれているY染色体が、遠く後醍醐天皇や天智天皇、聖徳太子や日本武尊、そして初代・神武天皇まで遡ることができる、という厳然たる事実なのである。
愛子天皇が一般民間人と結婚されて設けられた女系男子が即位したら、この万世一系のY染色体の系統が断絶してしまう。2千年もの間、我々の先祖がなんとか維持してきたこの伝統を、我々の世代が無知ゆえに破壊することは許されることではないと、断言したい
こんなことを言うと「Y染色体がどれだけ重要性なのか?」という反論があろう。それに対する明確な答えは現在の科学では解明できていない。しかしながら、我々の祖先は、その長い歴史の中からそこにある有用性を見い出し、これを伝統として受け継いできたことが、なによりの証明ではないだろうか。
従って、皇室に男の子が生まれず、男系男子が途絶えるような場合は、傍系で何親等離れていようと、同じY染色体を持つ男系男子を探し出して皇位を継承して貰えばよいのである。
こういう場合に備えとして、戦前は11の宮家があった。遠く室町時代に創設された伏見宮家の系統であるが、男系として皇室と同じく神武天皇以来のY染色体を継承されている。戦後、占領軍の命令で皇籍離脱を強制され、今は民間人となられているが、現在も8宮家が存続し、久邇(くに)、賀陽(かや)、朝香、東久邇、竹田の5家に男系男子がおられることが分かっている。
これら男系男子を持つ旧宮家は皇族に復帰していただき、万一、今後とも皇室に男系男子がお生まれにならない場合は、旧宮家から男系男子を次々代の天皇としてお迎えする、というのが、わが国の伝統に沿ったあり方である。さらに、愛子様(かなわなければ、眞子様、佳子様)には、その方の皇后陛下になっていただければ良いのではないか。
「万世一系の皇統」とは、「男系による継承」が一度の例外もなく忠実に守られてきた事実のことである。
過去、8代10人の女性天皇はいたが、それらの方々が皇室外の人間と結婚して、子をなし、その女系の人間が皇位についた先例はなく、愛子様のご長男が即位すれば、「万世一系の皇統」という伝統が破壊されることになるのである。
「男系」とは、父親か、あるいは父親の父親というように、男親を辿っていくと天皇につながる家系を言う。従って愛子様の場合、「男系の女子」ということになる。
一方「女系」とは母親や祖母など女親を介して天皇につながる家系を言う。
万が一、「女性天皇賛成論」がまかり通り、愛子様が女性天皇になり、立派な人格と見識を持った青年とご結婚され、ご長男を出産された場合、愛子天皇の長男は「女系の男子」ということになる。
万一、そういった状況になった場合、「女系で天皇に即位した例はない」と「女系反対」の主張がマスコミを賑わすことになるだろう。既に次代の男系が絶えてしまい、女系の即位が認められないとすれば、次の天皇はおらず、天皇制は自然消滅となる。女性天皇を2階に上げておいて、梯子をはずしてしまう戦術である。
「女性天皇賛成論」とは本音では天皇制廃止を目論む左翼やフェミニスト達の戦術なのである。
「過去にも女性天皇 がいらっしゃったのだから、愛子様が即位されてもおかしくない」「男女平等の時代ではないか」という事から、女性天皇を容認するムードが強い。しかし、愛子天皇の後継者を考えておかなければ、単に問題を先送りしただけで、天皇制廃止論者の罠に陥ってしまう。
過去の8代10人の女性天皇の場合は、いずれも男系男子の後継者が存在し、その中継ぎとして即位されたものである。従って、愛子天皇の後継者を誰にするのか、という点を併せて考えておく必要がある。
では、現在のように、愛子様の世代で男系男子がいない場合、我々の先人はどうしたのか、という事を調べると、さすがに125代も続いている皇室の歴史には、このような危機が何度もあり、直系の男系男子がいなかった場合は、何親等離れていようと、傍系の男系男子を選んで、世継ぎにするというのが、皇室の伝統的ルールだったのである。
逆に、男系男子の後継者はいるが、まだ幼いので、成長するまでの中継ぎをするのが女性天皇の役割だった。
(つづく)
小泉首相、約束通り靖国に行きましたね。
靖国問題も、歴史教科書問題も、朝日、毎日、日経といった国内の反日勢力が中韓に媚び売って騒いでいるのであって、どちらも外交問題ではなく、国内問題だよね。
以下、反日代表の朝日新聞と対局する産経新聞の本日付け社説を読み比べて欲しい。朝日は得意の恣意的な情報操作みえみえ文書だし、産経も例によって強気なだけで、どっちもどっちではありますが、しいて選ぶとすれば、オイラは「愛国無罪」を信条にしてるので、どっちかというと産経ですかね。( ̄ー ̄)
【朝日新聞】
「靖国参拝 負の遺産が残った」
小泉首相はどんな気持ちで手を合わせたのだろう。信念は通したものの、自分に課せられた重い役割にどれだけ思いをはせていたのか。
靖国神社に参拝する首相の姿を見ているうちに、そんな思いに包まれた。
中国や韓国の反発をはじめ、国際社会の厳しい視線。9月末に示されたばかりの大阪高裁の違憲判断。割れる国内世論。すべてを押し切っての参拝だった。
首相は参拝後、記者団に「日中、日韓友好、アジア重視の姿勢は変わらない。よく説明していきたい」と語った。かねて「適切に判断する」と言い続けてきたが、何をどう適切に判断したのか、意を尽くした説明はなかった。
首相なりに配慮はしたのだろう。礼服や紋付きはかまではなく、背広姿でさい銭箱に歩み寄り、ポケットからお金を取り出して投げ入れた。本殿には上がらず、記帳もしなかった。
「私的な参拝」を演出したのは、高裁の違憲判断を意識すると同時に、中韓の反発を和らげる狙いがあったようだ。だが、これだけ行くか行かないかが国内外で注目される事態になった以上、形式を変えたところで大きな違いはなかろう。
形式にこだわらないというなら、もう一歩進めて、日本外交の大きな視点から参拝を見送るべきだった。
首相のたび重なる参拝の結果として、靖国神社の展示施設である遊就館に代表される歴史観は、海外にも紹介されるようになった。あの戦争を「自存自衛のための戦い」とし、今もそうした過去を正当化している。
そんな歴史観を持ち、A級戦犯の分祀(ぶんし)を拒んでいる神社に、首相が反対をものともせずに公然と参拝する。その映像はただちに世界に伝えられ、「歴史を反省しない国」というイメージが再生産されていく。
首相は国を代表する存在だ。その行動が政治的な意味を持つ時、いくら私的と釈明したところで通用しないだろう。
まして国内では、司法の判断や世論が分かれている。戦没者をどう弔うかという、国家にとって重要な課題で対立があるなら、一方の立場をとるのではなく、より多くの人が納得できるあり方を模索するのが政治指導者の役割ではないか。
靖国問題は、とくに中国との間で互いに排外的なナショナリズムの連鎖を生んでいる。その背景には成長一途の中国側の自信、バブル崩壊後の自信喪失から抜けられない日本側の焦燥感が微妙に絡み合っている。
もともと、経済的にも政治的にも大国となってきた中国との間で、利害や感情がぶつかるのは避けられないことだ。それを制御し、衝突を招かないよう信頼の関係を築くのが両国の政治家に課せられた任務だ。
中国側にも、今春のような暴力ざたにならないよう冷静な対応を求めたい。対立の悪循環は避けてもらいたい。
日中関係やアジア外交をどう立て直すのか、自民党の政治家はもっと声をあげて語るべきだ。
さきに河野衆院議長や歴代首相が参拝自粛を求めたが、総選挙での大勝後、党内が小泉流で一色になってしまうとすれば情けない。とりわけポスト小泉と目される人たちの考えを聞きたい。
首相が参拝の方針を貫いたことで、日本は何を得たのだろうか。首相はあと1年で退任するそうだが、後に大きな負の遺産が残されたのは間違いない。
【産経新聞】
「首相靖国参拝 例大祭にしたのは適切だ」
秋の例大祭初日に小泉純一郎首相は靖国神社を参拝した。首相就任以降、五回目の靖国参拝だ。
例大祭は、戊辰戦争以来、国のために死んだ二百四十六万六千余柱の霊を追悼する儀式である。終戦記念日の八月十五日は、参拝者が先の大戦での戦死者を慰霊する日とされる。小泉首相が例大祭の日に参拝したのは、平成十四年四月に続いて二度目だが、ある意味では、すべての国事殉難者を対象とする例大祭が最も適切な参拝日といえる。
小泉首相は今回、初めて一般参拝者と同様、スーツ姿で社頭参拝した。これまでのようにモーニング姿で「内閣総理大臣」と記帳しての昇殿参拝ではなかった。ポケットから小銭を出して賽銭(さいせん)箱に入れ、一拝して黙祷(もくとう)した。公人でなく私人としての参拝であることを強調したようだ。
先月末、大阪高裁が傍論の中で首相の靖国参拝を違憲とする判断を示した影響とみられるが、大勢では首相の靖国参拝を認める司法判断が定着している。小泉首相は堂々と今まで通りの昇殿参拝を続けてほしかった。
とはいえ、小泉首相が国民と約束した年一度の靖国参拝を継続したことを素直に評価したい。
中国と韓国はこれまでも首相の靖国参拝に反対し、今回の参拝にも、ことさらのように強く抗議した。いずれも不当な内政干渉である。二十三日から北京で予定されていた日中外相会談は不透明になり、韓国も年末の日韓首脳会談の延期を示唆した。
ほかにも、年内にAPEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議などが予定されている。これらの外交日程への影響を懸念する声もあるが、首相の靖国参拝は外交的配慮により左右されるべき問題ではない。
中曽根康弘元首相は昭和六十年八月十五日、靖国神社を公式参拝したものの、中国が反対したため、翌年の公式参拝を断念した。小泉首相は何よりも国民との約束を重視したのである。
小泉首相は「今日は例大祭だし、一年に一回参拝するのはいいことだ。本来、心の問題で、外国政府がいけないとかいう問題ではない」と語った。
来年、小泉首相の後継者として、誰が次期首相に選ばれても、靖国参拝を継承してもらいたい。