アジアの声に耳を傾けよ!(その1) | BOBlog

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 日本はまだまだ大丈夫!

と、反日マスゴミが言ってるので、代表的な声をばご紹介。( ̄ー ̄)

(ククリット・プラモード元タイ首相)
※「サイヤム・ラット」紙に書いた、「12月8日」と題した記事
 日本のおかげで、アジア諸国はすべて独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジアの諸国民が、米・英と対等に話ができるのは、いったい誰のおかげであるか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったがためである。12月8日は、われわれにこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して、重大な決心をされた日である。更に8月15日は我々の大切なお母さんが病の床に伏した日である。我々はこの2つの日を忘れてはならない。

(ブン・トモ元インドネシア情報相)
 我々アジア・アフリカの有色民族はヨーロッパ人に対して何度となく独立戦争を試みたが全部失敗した。インドネシアの場合は、350年間も失敗が続いた。それなのに、日本軍が米・英・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。
 我々は白人の弱体と醜態ぶりをみてアジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。
 そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり、我々がやらねばならなかった。そして実は我々の力でやりたかった。


(アリ・ムルトポ インドネシア准将)
※戦争当時の日本軍と日本民族と現在の日本企業を罵倒する演説を打った韓国の軍人に向かって
 日本はアジアの光である。大東亜戦争は欧米人にアジア人の勇敢さを示したものでアジア人の誇りである。
 今、忽然として日本民族がこの地球上から消えたら韓国が一番困ると思う。
 もし、日本がシンガポールの地点にあったら、インドネシア人の成功は容易である。つまり、日本の近いところに位置していることは、幸運なのだ。経済的支援を連続的に受けていると言ってもよいくらいだ。インドネシアが日本に近ければ、今のような貧弱なインドネシアではない。
 つまり、我々インドネシア人は『日本はなにもしてくれなくてもよい』と考えている。日本は欧米と肩を並べて進歩しているだけで十分、アジア・アフリカにつくしていると考えている。
 だから、我々アジア人は外交面に弱い日本を支援したいと思っている。


(ラジャー・ダト・ノンチック元マレーシア上院議員)
 私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見た時に今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ青少年の教育をおこなってくれたのです。

(ガザリー・シャフェー元マレーシア外相)
※日本の政治家の「過ぐる大戦において、わが国は貴国に対しご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という挨拶に対し
 どうしてそういう挨拶をなさるのですか。あの大戦で日本はよくやったではないですか。マレー人と同じ小さな躰の日本人が、大きなイギリス人を追い払ったではありませんか。その結果、マレーシアは独立できたのです。
 大東亜戦争なくしては、マレーシア人もシンガポールも、その他の東南アジア諸国の独立も考えられないんですよ?


(バーモウ初代ビルマ(ミャンマー)首相)
※著書『ビルマの夜明け』より
 歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人支配から離脱させることに貢献した国はない。真実のビルマの独立宣言は1948年の1月4日ではなく、1943年8月1日に行われたのであって、真のビルマ解放者はアトリー率いる労働党政府ではなく、東条大将と大日本帝国政府であった。
※独立宣言書より
 約50年前ビルマは3回にわたる対英戦争の結果その独立を失えり、英国側はアジアに対する掠奪的野望を以て此等の戦争を遂行せり。 愛国者は挺身的精神をもって鎮圧、入獄、流謫、拷問及びしばしば死そのものを甘受して突進して来れり、これらの英雄はビルマの生存のため苦難を受け遂には斃れたり。
 ビルマ人はアジアを統合せしめアジアを救う指導者を待望しつつありしが、ついにこれを大日本帝国に発見せり。
 ビルマ人はこのビルマに対する最大の貢献に対する日本への感謝を永久に記録せんことを希望するものなり。


(ラグ・クリシュナン元インド大統領)
 インドは当時、イギリスの不沈戦艦を沈めるなどということは想像もできなかった。それを我々と同じ東洋人である日本人が見事に撃沈した。驚きもしたが、この快挙によって東洋人でもやれるという気持ちが起きた。

(朴鉄柱 韓日文化研究所)
 現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。“事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜戦争──この二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」
 大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり日本の戦争こそ「聖なる戦争」であった。二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて国民尊崇対象となるのである。


(孫文)『三民主義』より
 ベルサイユ講和会議で、日本は五大国の一員として席に着いた。日本はアジア問題代弁者だった。他のアジア諸国は、日本をアジアの『先頭馬』として認め、その提案に耳を傾けた。白人人種にできることは日本人にもできる。人間は肌の色で異なるが知能に違いはない。アジアには強い日本があるから、白人人種はアジアのいかなる人種も見下すことはできない。日本の台頭は大和民族に権威をもたらしただけではなく、アジア全民族の地位を高めた。

もちろん、こういう声だけでないことは理解しています。
ただ、戦中の日本を戦後このように表現し、想ってくれている国もあるのだということを日本人は知っておく必要があると思います。
マスゴミが垂れ流すごく一部の国が発する情報だけに触れていると、大東亜戦争で日本が駐屯した国は全て日本を嫌っており、日本は悪の元凶であるという自虐史観に囚われてしまい、事の真実を見失ってしまうことになります。(・ω・)ノ