私の知っている人で、面接を数十回以上しているが、不採用になったことが一回もない人がいる。どちらかといえば不採用になる確率が高い私からしてみれば信じられないことである。



興味があったので、その秘訣を聞いてみたら、その人……坂本さん(仮名)が言うには、過去に働いた職場の人間のデータを持っていて、そのデータをもとに、昔の職場仲間(戦友)を通じての紹介を通じての面接(紹介面接)か、かつての戦友が面接官(ルート面接)をやっている所での面接しかしないという。


私は坂本さんに、そのノート(本人はトトカルチョと呼んでいる。なんでそう呼ぶのかは見当もつかんが……)を特別に見せてもらった。坂本さんは嫌だと言ったのだが、何度も頼んで一部分だけ見せてもらった。


そこには、氏名・住所・生年月日・電話番号・現在の職場とそこでの役職(これが一番重要)・趣味・実家の番号・家族構成……などなど、個人データがびっしりと載っていた。極めつけは顔写真まで貼ってあったことである。


これらのデータの出所は言えないらしいが、法を犯して手に入れたものではないらしい。



転職したくなると、求人誌と“トトカルチョ"を照合して、電話しながら探している。大体半年か一年ぐらいで、職場を変えているらしいが(なるべく異業種に)、基本一発採用されるので、辞めること・辞めさせられることに抵抗はなく、結構強気である。



本人曰く「余の辞書に不採用の二文字は無い。」そうである(まあ、不採用は三文字だが‥‥)。



自分もその話を聞いて、その方法を使えばよかったなーと思いつつも、坂本さんほど世渡りはうまくないからそこまで頭は回らなかった。携帯に電話番号を登録しても、失くしてしまうので大抵は“あの人は今?"の状態になっている(知りたい人は何人もいるが)。



私なんかは、未来には人事担当か社長になりそうな、将来モノになりそうな奴(金の卵と呼んでいるが)に絞って仲良くなっておいてルート確保……でいいと思う。坂本さんのようにやるのはさすがに面倒かもしれない。だが、こういった方法もあるということだけは覚えてほしい。


ルート面接が通常の面接に比べて有利なのは前回説明したが、なぜ有利なのかを考えてみたいと思う。


やはり同じ職場(戦場)で苦楽を共にすることによって生まれる、一種の連帯感ではないか?と思うのだ。


それゆえに、友情にも似た特別な感情が生まれるのではないか……と思うのだ。


例えば、自分が面接官の立場になってみて、かつての戦友が面接に来て、今、借金があって不採用になったら自殺しかねないほど困っているとか、旦那が当然死んで子供を養っていかなきゃならなくて困っているとか、いうような風な話をされたら、知っているだけに断りづらいし、なんとかしてあげたいと思う。初対面なら勝手に死ねとか言えるけど……。


書類選考のある職場にしても、選考員がかつての戦友だと、普通なら書類選考ではねられるところを、とりあえず会ってみたい!となって通過するかもしれない。


この文章を読んだ方はそんなことはない!と思うかもしれない……。しかし、一回でもルート面接を経験すると、面接官がかつての戦友というのがどれだけ有利に働くか……、その恩恵がわかる。


実際、履歴書を求められないことが多いし(お互いわかってるからね)、手ぶらで行けるし、普段着で行ける(一応、スーネク&履歴書は持参するが)。


面接自体も、緊張した面接という感じではなく、久しぶりに会った戦友同士の談笑という感じで、面接という雰囲気ではない。


私の場合は、必然ルート(ルートになるとわかっている面接)の場合は、最初から採用されると思って(100%にほぼ近い確率)行くし、実際採用される。


私自身はそれほどルート面接を使わない(偶然ルートは別)。なぜなら最初っから結果がわかっている面接などしてもつまらないと思うからだ。


ルートが必要ではないというわけではないが、いざというとき2・3か所確保してあればいいと思う。


前回の章にて、ルート面接などはコネではないか?という指摘があったが、私は個人的にルート面接を通じて入社しても、コネ入社という感覚はない。


ちなみにコネを辞書で調べると、それをたどっていけば物事がうまくいくはずの、人と人とを結びつき、縁故。とある。

ウィキで調べると、



意味 [編集 ]

決定権を有する者の主観あるいは独断によって、「考慮される必要が無い」というより「考慮してはならない」といった要素が任意の意思決定に導入されることで、第三者の視点からは客観性と公平性を欠く結果が出される事象。具体的には、就職や商談の際に主として血縁者 や友人、および主従といった要素が導入され、能力や経歴あるいは明文化された取引条件とは無縁な結果が生じる事を指す場合が多い。「親の七光り 」と同類される事がある。



典型的な例 [編集 ]

  • 学業成績等が芳しくないのにも関わらず、縁者が大企業の重役であるという理由で就職活動が有利になる場合(放送局 等のマスコミでは、縁者が政治家 芸能人 スポーツ選手 大手スポンサー企業 の重役等という理由で就職が有利になる場合がある)。
  • 能力や経験が無いのにも関わらず、縁者が特定の分野で業績を上げているという理由でその分野に参入/従事できる場合。特に歌手 俳優 映画監督 といったエンターテインメント の分野では、その過程が世間の耳目を集め、批判の対象となる事も多い。

とあるから厳密な意味ではやはりコネだと言われれば、表立って反論はできないのである。



しかし、必然ルート(あらかじめわかっている)に比べて、偶然ルート(全くこちらが予測していない)による面接もあるわけだから、偶然による巡り合わせの時はやはりコネ入社だとはいえないのではないか?ルートが100%確実というわけではないし……。



ただ、一応通常の志願者同様、面接という試練を勝ち抜いてきた立派な戦士であるという感覚ではあるので、コネ入社とは別のような気がする。



ちなみに派遣会社を通じての顔合わせ(面接)も、自分に面識はなくても、派遣会社のコーディネーターと面接官とは知り合いなわけで、紹介してもらうわけだから、実質ハーフルート面接(紹介面接)だが、やはりコネとは言い難いと思う。



それにそこまでに至る過程には、努力していないというわけではなく、人脈を築いたり、派遣登録したりなどと相当の手間と時間がかかるわけだから、そうやって面接や就職活動を勝ち抜くことがずるいとか卑怯だとか言われる筋合いもない。



例えば、市長の息子だからという理由で、公務員試験もなく市役所に就職したとか、社長の息子だからという理由で、大卒が最低条件の会社に、中卒で入ったとか,日々努力しているものを差し置いて、親などの力を借りお先に失礼と言わんばっかりの横入りのゴボウ抜き野郎……こういった公平性を著しく欠く結果、これこそがコネというものであろう。



よし、決めた。自分なりのコネの定義とは、面接もせず、努力もせず、採用の最低ラインも守らず、試験(有る所は)もせずに、本来採用されるべき人を差し置いて、縁故者(親など)の力を借りて入社することである。



P.S 私はルートなどで入社しても、面接してるし、努力してるし、採用の最低ラインは守ってるし、試験がある所は受けているし、本来採用されるべき人を差し置いているということはない。