どもっ。

ひつじです羊

 

ひつじが幼少期から、

父に辛い思いをさせられてきたことは、

ブログでしばしば吐露しております。

 

今でも、

人として嫌いな人ベスト3をあげたら、

「父」が入ります。

 

「人として」というところ…

きっと奥深いのだと思います。

顔を見るたび、声を聞くたび葛藤です。

でも「介護」をしています。

 

ひつじさんには

兄がいます。

彼は実家から離れたところに住んでいるため、

介護には参加していません。

ひつじさんは「独り」で手続きをしました。

病院も施設も…

包括センターへの連絡も、

介護認定の申請も陳情書も。

母の車の売却、

使わないのに払っていた駐車場の解約(含む掃除)…

 

本当に助けてもらえませんでした。

 

ひつじさんの心の中には、

1つ決めていたことがあります。

この先、

介護が終わり自分の老後がはじまった時。

「住む場所」だけは確保して欲しいとお願いすること。

 

彼は働き続け満額の厚生年金を受給しますが、

正規雇用で両親を介護し続けることが難しかったひつじさんは、

当然老後は「生活保護」よりも少ない受給しかありません。

ある程度予測はしていたので、

「配当金収入」と「個人年金」は準備していました。

それでも、

介護が終わり「自分の老後」になったときに、

住居を探して家賃を払い…というのは、

あまりにも悲劇的だなと。

 

権利はいらないから、

住めるように協力して欲しい。

それがだめなら、

父独りの介護になったら、

兄が「父」を引き取って。

 

そう言うつもりでした。

 

で本日、

兄との話し合いをしました。

兄は即答で「ここに住めばいい」と答えました。

 

「即答」だったのは、

ひつじさんの介護がどれだけ大変かを、

彼なりに理解していからだと思います。

 

ひつじが、

母と父が逆だったら、

こんなに苦しまなかった。

「父」と一緒に過ごすことが、

どれほど大変か。

兄ならわかるでしょ?

 

と話した時にも、

即答で「うん」と答えました。

 

介護について、

納得いかないことは山ほどあるけれど、

「父」の被害者は、

ひつじと「兄」なのです。

 

なんとなく少し兄と「和解」ができた気がしました。

 

前回の帰省では、

何も手伝ってくれなかった兄ですが、

今回は「夕食は俺が作るよ」と言ってくれました。

母の面会も、

「父」と二人で行ってくれました。

※送り迎えはひつじさんが運転していますが💦

 

兄は歳をとるごとに、

「父」に似てきて、

正直脅威を感じていました。

でも多分(推測ですが)、

兄もまた「父」に似てきてしまっていることに、

葛藤があるんだと思います。

 

父と母と過ごす時間と同じように、

兄と「兄妹」として過ごす時間も、

無限ではありません。

お互い憎んで人生を終えるよりは、

妥協できるところで譲り合った方がいいよな…

 

そんな気持ちで過ごした1日でした。