私は特に恋多き人というわけではない
しかし感受性という意味では
多くの経験をしているような気がする
よく誰かに恋をしたおかげで
有名大学に入れたとか
その力がバネになって
次のステップが上手くいったとか
そんな話を聞くし
実際私自身もそういった経験がある
数学が恐ろしく苦手だった私が
日商2級とって税理士事務所で勤務して
短大の社労士コースを卒業したのだから
あとで考えても
ビックリするし
もうあのパワーはだせないと思うと
恋の力ってとんでもないパワーを秘めていると思う
恋愛というものは
「見えないもの」である
恋愛を具現化したものが
恐らく「結婚」なのではないだろうか
なんだか「結婚」に「恋愛」を教えてもらっている
そんな気さえする
わたしはどうしても
「恋愛」と「結婚」を別物で考えてしまう
恋愛から結婚を、そして夫婦生活を共に…HAPPY♡
と考えている人には非常に申し訳ないのだが
この世の学びというものは
この「見えないもの」を
いかに理解するか
というところにあって
「結婚」というところから
「恋愛」さらに「不偏の愛」というものを学ぶのではないだろうか
少し難しい話をしてごめんなさい
もちろん「不偏の愛」への学びは
「恋愛」からでないかもしれないし
「育児」からかもしれない
ただ共通して言えることは
「純粋」であるということ
見えないものに対して
純粋な気持ちを持っているということ
人は具現化していないと
不安になる生き物だ
しかし
魂となると具現化なんてない
純粋に誰かを想う心というものは
やがて自分を想い愛していく力になる
目に見えないものは
やがてパワーとなり
新しい「何か」を産み出す
今までそこのなかった新しいものが産み出される
それはペアが「子供を産む」のと同じように
恋愛というものをテーマにしたきっかけですが…
恋愛の対象が「他者」であるから
特にそう思うのです
産まれたばかりの頃は
誰しも自分だけに集中していたはずなんです
純粋な心というものは
自分だけに向けられていたはずなんです
そして生きていく中で
自分の中に新しい対象者ができた
時には自分を犠牲にしてまで
相手に愛情を注いでしまう
きっと自分に注がれるはずであった「愛情」が
「他者」へ流れる
しかもそれを「どう感じるか」は自分次第なんですよね…
また難しくなりましたね…すみません
「他者」へ注いだ「愛情」がいかにして「自分」へ良い「愛情」を巡らせるか
それは自分じゃないし、見えないものだから
解らなくて苦しむんですよね
どう思ってるかな
これでよかったのかな
って
人生の中で「相互理解」って究極なんです
ただ一つ救いがあるならば「純粋」でいることかもしれません
「純粋」な心は「本心」を見抜くから
目に見えた夫婦でも
お互いを理解するなんて無理です
だから私は「結婚」と「恋愛」は別物だと思ってしまう
数多くの時を生きるなかで
恋愛で巡り合った
相互理解のできる相手が
結婚できる体質をも持っている
こんな素晴らしいことが
あったらいいですね![]()