私は二児の母である。

 

長女は小学生になるが、

小学生にもなると

保育園時代とは次元の違う問題に日々考えさせられている。

 

長女を学童にお迎えにいった時の話

 

祖父の車でお迎えにいったのだが

ちょっと体格の良いわんぱく少年のような子とお迎えが一緒になり

ずっとお下品な言葉を叫び

それまではなんとか笑っていれたものの

最終的に私たちの車までついてきて

車のいろんなボタンを押しはじめた。

窓は開閉を繰り返して危ないし

長女も首を挟まれそうになった。

 

なんとか車を発進させた祖父だったが

なんと走ってついてくる!

すごい脚力…

というか危ないので徐行せざるを得ない祖父。

そしてその子のお母さんはというと

ずっとスマホを見ていて立ち止まったまま…。

祖父も怒って「学童の先生に言った方がよい」と言い

翌日、施設長にお伝えする。

 

施設長は

「あのお母さんは言っても伝わらない、

もし今後また同じような事があれば対応するので私を呼んで欲しい」

との事であったが、

施設長はその後、そのお母さんに指導してくれたようであった。

 

しかし、そのお母さんは特に詫びる様子もなく

学童で会えば、普通に(しかもタメ語で)話してくる。

 

仕方のないことだ

根本的な要因がきっとある事象だ

と感得するも

 

なんとなーく

その男の子に何されるかわかんない怖さがあり

苦手意識があった。

 

 

先日ひとりで歩いていると

〇〇ちゃんのおかあさーん!

とその少年が私に手を振っていた。

 

 

なんだかその時に

その事実だけで、好き嫌いを決めてはいけないな

と思った。

この子の中では

私の事を嫌いでもなく、むしろ慕ってくれていたのだから。

 

子どもの魂って本当に純粋。

だからこそ教えられる事がいっぱい。

 

 

これまた学童での話だが、

私に突然

「ねぇ死にかけた事ある?」と聞いてきた女の子がいた。

「あるよ」と答えると

「死にかけた人がきたよー!」と

私がお迎えにきたことを、我が子に伝えてくれた。

 

一度ならまぁ小学生あるあるだし

いっかーと思っていたものの

それから何度も言うようになった。

 

この女の子

以前、私がスマホにつけていたキーホルダーが

可愛い!と言って

持っていたスマホから、キーホルダーを

こっそり盗んだといった経歴がある。

 

何か心に抱えているものがありそうな感じ。

 

ちょっと見かねて

「それは言ったらいけない事だよ」

と若干本気モードで伝えるも

笑ってはぐらかされた。

 

授業参観があったのだが

我が子より、その子が私を意識して

見てきたり、笑ってみたり…

先生から「この問題が解ける人?」

にさっと手を挙げ

黒板に答えをぱぱっと書いて

正解して嬉しそうにしていたし、

まるで「できたよ!」と言わんばかりに

こっちを見ている。

 

この子は5人兄弟姉妹の真ん中の子で

お母さんも手が回らず

授業参観には来ていなかった。

代わりに祖母がきていたようだが

きっと寂しいのだな…と感じた。

 

子ども達を見ていると

人間本来の純粋な魂が見えてくる。

 

小学生に上がる前と上がった後では

人間関係について

本人の中に理性がより出てくるから

その部分と闘いながらも

出てしまう本心に

私は、なんだかとても

ぐっとくるものがある。

 

私はいつだって

「何か」に教えられながら生きている。

誰かに「何か」を教えているつもりでも

いつかきっと、

とくに子どもたちには

見透かされ、そして抜かされてしまうだろうなと思う。

 

だからいろんな事があっても

子どもって可愛い。