英会話の高揚感の正体とは?

昨夜、写真の油淋鶏を、久しぶりのビールと日本酒という糖質たっぷりのアルコールで流し込み、今朝は胃もたれに苦しんでます😅
僕達夫婦が小宴会を楽しむ横で、息子が、彼のオーストラリアの従兄弟とスカイプしながら一緒にFortniteをやってました。
従兄弟は、妻の姉の長男で、生粋のオーストラリア🇦🇺人なので、もちろん、日本語は話しません。
息子も普段から妻と英語で話しているとはいえ、最近は思春期のせいか口数も減っていたので、あれほど全開で英語を話しているのを見るのは久しぶりでした!
で、感じたのが、英語全開モードの時の息子は、パーソナリティがやや変わっている?ということ。
従兄弟は彼より二歳年下の男の子で、どこか兄貴を慕うような感じが見て取れて、一人っ子の息子もどことなく嬉しそうで。
普段、学校の友人達と普通に日本語を使って遊んでいる時に見せる強がりや意地のようなトゲトゲしさが姿を潜めていたりして。
日英バイリンガルで、日本語が母国語の人間特有の、いい意味での英語モードに切り替えた時の「高揚感」も出ていて、なんとも楽しそうな感じを見ていて、僕も嬉しくなりました。
僕は、息子ほどには、自然に英語を話せるわけではないけど、それでも、朝夕に妻と交わす英語全開モードでのトーク時には、独特の高揚感があり、その感じは嫌いではありません。
村上龍さんは、ある著書の中で、この高揚感の正体は脳内ホルモンのドーパミンであると、脳科学者研達の見解として書いておられました。
ドーパミンは、マラソンや難しい学業、困難な仕事などをやり遂げた時に分泌されて、いわゆる「達成時の万感」をもたらすホルモンということですが、外国語が通じた時にもそれが分泌されているらしいのですね。
今、思えば、二十代の後半に英語にどハマりしていった時に、当時、落ち込みがちだった僕が「心の快活さ」や「人生への情熱」を取り戻していけたのもこのホルモンのおかげだったのかもしれない。
思春期に、初めて味わう人生の最初の荒波の洗礼に、時に塞ぎ込みがちになる心にも、このホルモンが好影響を与えたのかな?
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中高生、勉強嫌いで、何が悪い?

昨日は、お昼は給食があると思っていた中二の息子が昼前に帰ってきてビックリ!
慌てて、こしらえたランチが、写真のカレー風味の焼うどん。
さすがは食べ盛りの男の子、妻の三倍分の麺量をわずか数分でペロリと平らげ、すぐさま、自室でゲームをするために目の前から消えていた😅
しかし、我が息子君、僕に似て、身長はすでに175センチを優に超え、この勢いだと、今年中に180センチは超えてきそう。
いつの間にやら、妻よりも頭一個分も大きくなっちゃった!あの食欲だもんな。
自分の中二の頃と比べるとどうかなあ?
僕も負けじとデッカかったし、食いしん坊だったよな。
この息子君、顔はママの方に似てくれたから、親の僕が言うのもなんだが、かなりのイケメンだと思いますが、勉強嫌いは僕に似てしまった😂
昨日も自室に閉じこもりっぱなしで何をやっているかと思えば、Youtubeへ自ら録画編集したゲーム実況の動画を投稿しようとしていたらしい。
晩御飯の後、リビングへ突然姿を現し、「Youtube初投稿したよ!」と照れ臭そうに言うと、すぐさま、自室へ戻り、友達とのゲーム🎮を始めたようです😱
昨年に、iMACを豪州の祖父からプレゼントされたものの、てっきりマイクラをやってNetflix を観るためだけに使っているものと思ってけど、密かに動画編集とかゲーム実況の練習もしていたんだね。
僕は常々、息子には、「好きで好きで仕方がないものを見つけよう」って言ってきたけど、どうやら、彼にとってそれは今のところ、ゲームでありYoutubeの投稿であるようです。
最近、朝は睡眠不足の顔つきで学校に行くんで、多分、夜中まで夢中になってプレイしているんだろうな。
妻は彼の体を心配してますが、僕自身にも、睡眠不足の重い頭で毎朝登校していたあの頃の思い出があるので、それはちょっと嬉しかったりするのです。
何かに思いっきりどハマりして、寝食を忘れてのめり込む体験は、人生で必ず活きてくるものですよね。
でも親御さんの中には、その対象が学業でないことが不満だったり心配だったりする人も少なくないですよね。
そういう気持ちは、僕達夫婦にしても、全くないわけじゃありません。
だけど、最近の世の中やテクノロジーの発達を観ていると別の視点で教育を観る必要性も感じたりするのです。
それは、中高6年間のほぼ全エネルギーを英数国理社の5教科の学習に費す事にもリスクがあるんじゃないかっていう視点です。
社会人になって、科学的な研究者や教員を目指すのならいざ知らず、実際には中高時代の5教科が活かされるような職業につく人ってどれくらいいるんでしょう?
でも、そう言うと、必ず、「いや学校で学んだ知識自体は使わなくても、それらの教科の学習を通じて、総合的に、”覚えたり”とか”考えたり”するという、脳を使う行為そのものが社会に出てから役に立つんだよ」とおっしゃる方がいます。
だけど、誰もが薄々気づいている事だけど、学生時代に、実際、そう言う方々がおっしゃるほどに「脳を真剣に使って」学校の勉強をしている学生などほとんどいませんよね。
一流と言われる大学に合格する、ほんとうに僅かな数の学生だけが、確かに、学業を通じての脳トレにより、社会に出てからの「総合力」を養成しているのでしょう。
だけどね、それ以外の、「学業では脳トレをそんなにしていない」学生が、じゃあ全く頭を使っていないのかって言ったら、絶対にそんなことはないですよね。
スポーツ、音楽、映画、テレビ、ネット、漫画、ゲーム、交友、恋愛、芸術....etc。
学業の外側にだって、脳トレできるものって数えきれないくらいにあるんです。
もういい加減、僕達大人が発想を転換して、馬鹿の一つ覚えのように、英国数理社の5教科だけに、中高生の貴重な、二度とは取り戻せない輝かしい6年間を、無差別に消費させるようなこの国の教育慣行を、見直してもいいんじゃないかなあ?
というわけで、同一テーマを、Youtube でも語ってみましたので、是非、ご視聴下さい!
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