山犬日記 - 高知在住都民の独り言 -6ページ目

山犬日記 - 高知在住都民の独り言

2008年2月から介護赴任して9年が過ぎました。
2016年6月から犬と暮らしています。

尚、当ブログの内容と関係のないコメントは削除させていただきます。

    慶長四年(15995月ーーー。

    数日来の雨がようやくあがった日、キリシタンとしての洗礼名をジェスタという京の公家中山親綱(ちかつな)の娘が、九州の島原半島に四万石を領する有馬晴信のもとに輿入れした。

    一度嫁した公家の菊亭季持(すえもち)が三年前に病で亡くなり、実家に戻っていた二十三歳のジェスタはととのった面立ちで透き通るような瑞々しい肌をしていた。

    季持の死後、ジェスタは京で宣教師のオルガンティーノと出会い、その説くところに感銘を受けてキリシタンとなった。心やさしく大らかさを失わないオルガンティーノに導かれ、ジェスタは信仰する心を深めていた。

    そんなジェスタを見込んだのか、昨年末に京の三条、中山家の屋敷を訪れたキリシタン大名の小西行長が、

「有馬晴信殿は夫として恥ずかしからぬ人物ですぞ」

    と、晴信との縁談を勧めた。

「キリシタンの方なのでございますね」

    ジェスタがわずかに頬を染めて確かめるように訊ねると、ゆるやかに頬をほころばせた行長は、端正な顔に笑みを浮かべてうなずいた。

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    考えてみれば南蛮人が日本で住むようになったのも、キリスト教が広まってキリスタン大名が生まれたのも余程強い理由がある筈だ。教科書には登場しない理由。何であったのだろう。

    人が宗教を持つには大きくは2つの理由だと思う。1つは体験や境遇から来る心の隙間。もう1つは金。しかしこれは宗教に入る理由であり、宗教を広める理由と噛み合う或いは表面的に噛み合う事が前提である。


    ここまで書くと勘のいい人ならもうお分かりかと思うが、本日から始まった中国共産党大会での習近平の『新時代の中国の特色ある社会主義思想』の今後取り組む課題の中で海洋進出について、南シナ海での人工島の建設を積極的に進めたことを実績として強調し「海洋強国の建設を加速させる」と述べ、東シナ海や南シナ海での活動を継続する姿勢を示したほか、軍については「今世紀半ばまでに世界一流の軍隊を作り上げる」と宣言したこと。そしてずっと言われてきた大中華思想。


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それと野党議員の中にはその目的で政治に参加しているのではないかと思える議員が少なからずいるが、今の日本がこの禁教令前後の日本に思えることだ。



    歴史は繰り返すと言うが、知っていて損はないと思い禁教令とその理由について調べたことをメモしておく。


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    日本で宗教弾圧(キリスト教)があったのは主に3回。もっとも早い禁教令は永禄8年(1565年間)と同12年(1569年)に正親父町天皇が出した追放令である。これは京都から宣教師を追放するという主旨であったが織田信長によるキリスト教の保護政策もあってさほど効果はなかった。


    今日に知られるような弾圧と呼べるもので最も早いものは秀吉が1596年に出した禁教令で、この時は26名のキリスト教徒が処刑されている(日本二十六聖人)。ただし、この時も主にはフランシスコ会に的を絞った物で、禁教のための継続的な政策が取られたわけではなく、後を継いだ江戸幕府もそれに倣っている。小西行長や有馬晴信がキリスタンでいられたのもそういう背景がある。

    秀吉が禁教令を発令した目的には諸説あり、「外交権、貿易権を自身に集中させ国家としての統制を図るため」「九州で日本人の奴隷売買が行われていると知り、それを禁止させるため」「キリスト教徒による神社仏閣への迫害」などがある。

    この禁教令が発令された理由についてはよく「サン=フェリペ号事件」が挙げられる。通説においては、サン=フェリペ号の船員が宣教師はスペインが領土征服のための尖兵であると述べたことで、秀吉がキリスト教を警戒したためだとされる。一方でやはり信徒に対する強制改宗などの政策は取られず、京都のフランシスコ会以外には弾圧は加えられなかった。


    日本において政策としてキリスト教への弾圧が始まるのは1612年の禁教令からであり、明治初期まで続いた。

    江戸幕府は当初はキリスト教に対してはこれまでと同様の政策を取り、弾圧と呼べるような政策はとっていなかった。   1602年にはドミニコ会、アウグスティノ会の宣教師達が来日して日本に本格的な本格な布教をし始めており、1596年に秀吉の弾圧を受けたフランシスコ会も、1603年に代表ルイス・ソテロが徳川家康や秀忠と面会し、東北地方への布教を行っている。

    しかし、幕府の支配体制に組み込まれることを拒否し、かつ活動は活発化していったキリスト教に対して幕府は次第に態度を硬化させていった(日本の情勢に詳しかった古参のイエズス会は秀吉の時代の時と同様に慎重な対応を求めたが、新参の修道会には受け入れられなかった)。日本との貿易権を狙うイギリスやオランダの忠告や、神仏勢力の暗躍もあった。


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今でこそ信教の自由が確立し、政教分離も歌われているので、余程金ヅルにされることが露骨なものを除き信教を疑う人はいない。布教する側も領土の奪取が目的で行なっている者が仮にいても築いてきた民主主義の中では非力だ。しかし、当時の布教の目的が形を変えて忍び寄っていることも事実。こればかりはそれに対抗するはずの民主主義とてここまで広がったのは同じような目的があったからからであり、対抗手段になり得そうにない。

    ならば何によって対抗すべきなのか、と考えるとナショナリズムでしかないだろう。それなのに来るもの拒まずという政策で本当に良いのかと思えて来る。今回の選挙時に「排除」という言葉に多くの日本人が反応した。片やネットでは「国にお帰り下さい」などのコメントはそこらじゅうで見かける。これはダブルスタンダードでは無いのか。

   私は日本の国内で排除することには意味がないと思っている。日本に来る、そして日本で住むためのハードルを上げる事に賛成だ。今の法律ではやがてその数は逆転すると思う。何せ日本の12倍ほどの人の住む国が仕掛けていることだからだ。


本日は神嘗祭。宮中祭祀のひとつであり大祭である。五穀豊穣の感謝祭にあたり、その年の初穂を天照大御神に奉納する儀式が行われる。古来より神嘗祭には皇室から神宮へ幣帛使が派遣された。更に11月の23日になるとその年の新穀を天神地祇(てんじんちぎ)に供え陛下御自身も召し上がる新嘗祭が執り行われる。つまり、何方も神の加護による農作物を始めとした天の恵に感謝し合う風習で古来からのものである。日本の日本たるは農による生産を基本とした国である事を物語るものである。

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好んで散歩やドライブをする私の感想だが、どこへ行っても神社がある。神主が常駐していなくても、神社庁に登録がなくても、雑草に覆い尽くされ荒れ果てているところなど殆ど見かけない。人里離れた山の中にある神社ですら人が放置したままであると思えない。権力により破壊されもせず、町内会や個人でも進んで清掃を行っている。70年も前にGHQが頭を悩ましたのはこの神道と天皇だっただろう。天皇を存続させた代わりではないが神道は少々手荒い処遇を受けたと想像する。神社は宗教法人になった。


さて置き、敷地内に大きな木があり、空気も新鮮で、手水舎(ちょうずや)に水さえ出てくれていれば、落ち着く場所だ。政教分離がどうだとか、今尚こうして沢山の神社が存立している所を見れば、宗教がどうだとか、私物化だとか、理由をつけてこれらを配する運動は誠にもって非力なものに思えてならない。それ程日本人の心の中に染み渡った精神そのもと思える。街中に立ち並ぶビルや新建材による住宅の中に神社は凛として存在する。都市でこれほど古いものが残っている国は他にないのではなかろうか。


祝日法で1123日の新嘗祭は勤労感謝の日と変更された。祝日の殆どは過去の宮中祭祀を引き継いでいる。神嘗祭昭和22年に祝日から外された。幾らブラックマンデーでかつての意味を消そうとしても、消えないのだから祝日法も変えたところでもう意味はない。と思う。それなら元に戻しても良いのではないか。






雑感を少々。


結局日本の野党は政権取りが政治の目的になるのだから現状で2大政党制を選挙戦に掲げ目論んでも、その結果国民に返って来るものがあるのだろうか?


30年前にソ連が崩壊し冷戦が終わり社会主義はイデオロギーの戦いにおいて自滅もしくは自由主義陣営に敗北し、世界中で社会主義は退潮した。日本でもその後社会党が事実上解党した。保守と革新のイデオロギー対決はなくなった。

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イデオロギー対決が無くなったため、保守同士の権力闘争が勃発し、小沢グループが自民党を離党したものの、元々同じ党なので政策面で大きな差は無かった。そこで、政治改革ということを旗印に無理矢理対立の軸を作ることになっていった。


小沢は中選挙区制では候補者同士のサービス合戦で金がかかり、これが政治の腐敗を作る。金をかけず政策で政治家を選ぶべき。そのためには小選挙区制を導入すべしと訴えた。


小選挙区制にすれば、二大政党に収斂し、政権交代も可能だ。これが彼の主張だった。結果選挙に出れなくなった人が互いに助け合う形で集まり、それが政党として構成されていく。民主党がそれだった。なので彼らには政治理念を求めても安定したものが返って来るでもない。出てくるものは「安倍憎し」同様の「政権憎し」だ。


そしてこの小選挙区制が今日まで続いている。小選挙区制も二大政党制も政権交代も手段であり、目的ではない。政治の目的は国家の平和と安全であり国民生活の安定にあるべきだ。その手段と目的を取り違え、国民はその状態を放置した。


そうした社会を作るには不断の努力が必要なのは言うまでもない。世の中は常に変化するから政策も常に変化を求められる。時代時代にあった政策をどう行うかが大切だ。かと言って無闇矢鱈と時勢に迎合するのも危険を孕んでいる。ともあれ、その手段と目的を取り違えたことと、現状を良く見ずにキャッチフレーズだけで政策を行ったことが、一番の誤りだと言える。


仮に今、自民党が護憲に走れば野党は改憲の立場を取るのだろうか。こんな事をする政治家を国会に送り込めるかどうか、国民一人一人に見抜く力が必要だし、一時の感情や話題で選んではならない。

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秋は空気も澄んでいて、空も高く感じられ、馬も逞しく肥えるような収穫の季節でもある。


杜審言の詩『蘇味道に贈る』に「雲浄くして妖星落ち、秋高くして塞馬肥ゆ」と言う下りがある。


昔、中国では、北方の騎馬民族の匈奴が収穫の秋になると大挙して略奪にやってきたので、前漢の趙充国はそれを見抜き、「馬が肥ゆる秋には必ず事変が起きる、今年もその季節がやってきた。


辺境の異民族が攻めてくる時期になったから、防戦の準備をおこたってはならぬ、といういましめ、警戒の言葉として言った。


匈奴が滅びた後は、今のように秋の季節の素晴らしさを単に言う句となった。



正にその季節が続く時代になったが、敵は外にいるとは限らないのだ。



五感で情報を収集し、頭で組み立て、判断して行動を決める。それは動物も人間も同じ。知らない世界に身を置いた時、先ずこれを行い、自分にとっ安全てどうかの確認をする。知らない者に直面した時も同じ。しかし我が家の犬を良く見ているとたまにそれを怠り、失敗しそうになる事がある。蜂で危ない目に遭ったことがある。近くに飛んで来た大きな蜂をカプッと口に入れた。次にやったことは口を開け顔を振って口から吐き出した。焦った蜂は飛んで行った。これはやられたかと思ったが何も起こらずほっとしたことがある。あれは反射的な行動としか思えなかった。動くもの先ずはは捕らえようとするのだ。こうして今までにトカゲ、バッタ、チョウなどを捕らえた。スズメ、ハト、ネコはまだ捕らえていないが何度かの訪問もあったし、チャレンジもしたのでどうやら捕らえたら勝てると思っているようだ。初めは吠えたが最近は吠えない。自転車、歩行補助器、宅配の台車、バイクには今でも激しく吠える。まだ結論が出ていないようだ。

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人間もこれを行うが犬ほどマメにチェックはしない。犬よりもっと危険な所に身を置いている筈だが、知らない場所に犬より余裕を持って立っていられる。そうでなければ満員電車などに乗り込めるものではない。判断を補うものが多くあることが最大の理由だろう。何かと言うと知識である。知識は人間が生きて行く上で必要だ。しかし知識に頼りすぎて判断を間違うことがある。知識を得ると実践する事だ。検証といっても良い。先に書いた五感で判断して行動する事と、五感プラス知識で判断して行動する事、そして知識のみで判断して行動する事、これらを行動を通じて比べて感じてみる事だ。こうして知恵は養われる。


若い人は当然ながら知識は薄い。いや薄かった。しかし五感の働きは優れている。いや優れていた。何によってそれが過去形になろうとしているかといえばネットの普及である。ネットにより手早く得られる知識により五感を使わずに判断しやすくなった。こうなると実践、行動が面倒臭くなる筈だ。まるで年寄りのようだ。年寄りは安全な所に身を置き、安全で確実な物にしか手を出さない。


ネットで短気な言葉が飛び交う。根拠を問い詰めるのも相手がどれだけの知識を持っているかと聞く事で自分の持っている知識の高さで見下したいだけと写る。残念なことに耳から聞き齧った事をそのまま口にするので少しも身に付かない。私はなるべく綴って頭に入れる様にしている。何でもやってみるのは知ったことを知恵に昇華させたいからである。


大人という自分の中に真の学問を積んでいる人は決してひけらかすことなく、衒学(げんがく)臭くはない。別に偉そうに話さなくても、苦労や努力の大成というものが身体全体から滲み出て風格を感じるものである。そんな人に憧れるからである。


「武士道」で一番嫌われるのは衒学である。学を衒(てら)う、衒学とは学識を誇り、殊更に自分を大きく見せようとすること。


学問とは他人を説得したり、論破したりするものではなく、自分自身がどう生きて行くのか、或いはどう在るべきか、といったことに答えを見出すものでなくてはならないと言う。付け焼き刃の知識を熱く語り、自分自身に酔っているようであってはならない。


吉田松陰は「学問をする眼目は自己を磨き自己を確立することにある」と訓える。頭山満も「沈勇を心掛けよ」と訓えているが、自分自身を鍛えることで、自然に相手や周りまでも好い影響を与えるものである。野村秋介は「人を動かすものは決して理論などではなく、自分の謙虚な反省に基づく人間性以外に有り得ない」と教えていたと聞くが、学問や理論よりも何をするにもやはり人柄が大事なのは言うまでもない。


別にそうなれれば良いが、そうなれるとは思わないがそうなりたいと思って生きる事は諦めたくはないと思って生きている。


タカ派という言葉がある。政治的な傾向の分類で戦争など武力を辞さない姿勢を持つ人または集団を指す言葉だ。反対はハト派。


メディアは一部を除き今の政府を右派又は極右と呼んでいる。しかし自民党内から聞こえてくる声の中には温厚なものもあり、そのような発言に対してネットユーザーからは「自民党から出て行け」との批判が出ることがある。そのような方は自民党が好きな気持ちは分かるが正確には自民党内のタカ派が好きだということに過ぎない。自民党全体がタカ派なのではない。

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どの党にもタカ派とハト派はいる。歴史を見るとアメリカで大きな戦争を起こした時の政権は民主党「デモクラティックパーティ」である。日本を含めて「民主党」だから穏健だと言うことはない。今なら「立憲民主党」は「革命派集団」と呼ぶ方が近いのではないかと思う。

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その上で政府を構成するメンバーを中心に議論され、意見が揉まれ、方針が決まって行く。確かに中心人物にいる首相はタカ派色が強いと思われやすい。彼を取り巻くメンバーも同じと見ても構わないだろう。果たして本当にそうだろうか?


しかし世界的に見れば自民党や日本政府はメディアが言うほどの右派、極右では無い。どちらかというと最も左寄りの右派と呼んでいいと思う。左派との間に隙間は無い。隙間があるのは寧ろ右側である。


安倍氏が首相になって何か大きく変わったような声が左から聞こえ始め止むことがない。本質は1つか2つ右の席に座ったくらいである。但し、左派にとっては直接的、間接的に政府転覆を目的とする行動に圧力となる手段が用意されたのであろう。報道圧力、表現の自由、特定秘密保護法、護憲、戦争法案などの単語が物語っている。



以下はWikipediaの「タカ派」の記述である。



鷹猛禽類であることから、その持つ雰囲気や習性などを政治的傾向の分類にもちいたもの。

現代の日本では、軍事力に肯定的な人物がタカ派に分類されることが多い。日本の政治においては、特定の政党や派閥で分類されることもあるが、基本的にどの政党や派閥にもタカ派とハト派の議員が存在している。

右派とタカ派のイメージは往々にして同一視されるが、右派とタカ派は同じではない。左派においてもハト派・タカ派が存在することはあり得るし、ハト派・タカ派の区分は他の政治勢力と比較した上で判断される相対的なものでしかない。たとえば、現代では軍事力を否定している日本共産党も、かつては軍事革命路線の所感派(タカ派)と平和革命路線の国際派の(ハト派)で別れており、反戦と非武装中立を訴えていた日本社会党(社民党の前身)も、「社会主義政権になれば反戦と非武装中立を破棄する」(社会主義国になればその軍備は帝国主義国に向けられるものという論理)と宣言した最左派の向坂逸郎などが一定の影響力を持っていたし、向坂らとは正反対の右派の側には日米安保条約を容認する後に民主党を結成するグループも存在していた。日本共産党は第六回全国協議会で暴力による革命を放棄したが、それでも軍事革命にこだわる勢力は新左翼となっている。

諸外国では、アメリカで第二次世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争、冷戦において積極的だったのは民主党であり、一方、これらの戦争に消極的で、デタントを始めたのは共和党(アイゼンハワー政権~ニクソン政権~フォード政権の流れ)である。一方で、共和党もいわゆる新冷戦でソ連との対決姿勢を強めた(レーガン政権)ほか、湾岸戦争(ジョージ・HW・ブッシュ政権)、イラク戦争を始めとする対テロ戦争(ジョージ・W・ブッシュ政権)において先導的な役割を果たしている。またソ連においては、スターリン、ブレジネフといった社会主義の原則に忠実な政権がタカ派的で改革開放を推進したゴルバチョフがハト派的であった。

かつてはライバルだ、日本にだけは負けたくないなどと散々メディアも煽っていた韓国サッカー界。


もう日本人は全く相手にしなくなったと聞く。実力が低下したのだろうか。それとも数々のマッチで不正を働いてきたことや暴力的な行動で世界から見捨てられ、それを知ってサッカー人気が国民の間で落ちてしまったのか。


選挙を前にした今の政党のようだ。第2の保守と鳴り物入りで出発した党には実績もなく、僅か10日ばかり評判を取ってビジョンを示すことができず急下降。リベラルという言葉を使って分裂の上で出発した党も極左がバレバレ。国民の間で興味は薄れる一方である。


遅まきながら出てきたビジョンを見ても経済は甘く国防に具体策は見られず、結局はモリカケ。安倍嫌いを表に出して成功した党はあっただろうか。


そのうち今の自民党に「オイちょっと待ってくれ」と思わせるような更なる右から2大政党に相応しい政党が生まれ、育つのではないだろうか。その時には左派としての立場から優れた意見と理念を語れば良いのだ。安倍をいくら叩いても評価は落ちるだけだと思う。


希望の党の失敗は自民より左に位置する所で政党を作ったこと。それと信念のない後出し政策。政党としての行動が見えないこと。


自民はやはり相手にしない方が良い。候補者があえて反論したり野党批判をすると全てが安っぽく聞こえてしまうだけだ。野党は何も変わっていない。監督が入れ替わるだけでやがて元に戻るサッカーチームを見ているようだ。



「日本はもうライバルと見てくれない」ヒディンク氏待望論の韓国サッカーに自虐的論評


https://www.google.co.jp/amp/www.sankei.com/premium/amp/171011/prm1710110004-a.html


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人生初の栗ご飯作り

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もう炊けているが

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怖くて見に行けない。


予告もなく北朝鮮から毎日1発づつミサイルが飛んで来て国民の生命が奪われ始めたとしよう。その報復に自衛隊が出動するまで何日かかるだろう。


そんな事は「無い」と言う人もいるが、それはアメリカと北の対応次第なのだから「有る」と言う前提で投票するのが今回の踏むべき轍だろう。


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当日はおそらく混乱する。混乱の中で政府は意思決定する為の会議の選定と招集、結論を出す手順についてセットする。2日目に議論をして意思を決定し、各国と連携し、3日目には反撃をする。少なくとも撃ち込まれた2日後には先ずは日米で反撃に出てもらいたいと思う。


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今の日本でこれができるだろうか。私は首相には更なる権限を与え、意思決定を行なってもらう必考える。そうでなければ撃たれっ放しの日々を重ねるだけだ。


ではそれを誰に委ねるか、誰に委ねられるか、それを見越した上で投票先を考えようと思う。



山本太郎44

細野豪志46

蓮舫49

枝野幸男53

河野太郎54

世耕弘成54

前原誠司55

安住淳55

高市早苗56

佐藤正久56

小池晃57

辻元清美57

長妻昭57

近藤昭一59

野田佳彦60

岸田文雄60

石破茂60

若狭勝61

江田憲司61

志位和夫63

安倍晋三63

岡田克也64

小池百合子65

有田芳生65

渡辺喜美65

嘉田由紀子67

菅義偉68

阿部知子69

赤松広隆69

鈴木宗男69

菅直人70

小沢一郎75

麻生太郎77

二階俊博78


思うままに年齢を調べてみた。5065がずらりと並ぶ。政治家の中心年齢は以前からそうなのだろうか。若く感じるのは風貌のせいか。6年前の地震の折の首相の年齢は当時64。あんな状況で64が独断で指示したと思うと改めて恐ろしい。その意味では田中角栄が日中国交正常化を果たしたのが54の時。吉田茂が日本国憲法を施行した時で68。国を任すと言うことは大変なことなのだ。


安倍首相は現在は63。自民党執行部の年齢が他党の議員と比べて高いように思える。これが良い意味でバランス取っているのだろうか。他党がいくら頑張ろうと捻られるのはそう言うことか、と思えなくもない。いや、そう言う面は多分にあると思う。


政治って年齢だろうか、それとも金か、よく分からない。


議員ではないが辛坊治郎は61。百田尚樹61。佐藤優54。津田大介43。竹田 恒泰42。望月記者も42。彼女が標的にする相手は68歳。これは親子程の年齢差だ。


政権を取るのは次の次と語った若狭は61。その発言に菅官房長官が噛み付いた。


菅義偉官房長官(発言録)

 (民進党の「希望の党」への合流について)民進党は200人を超える総選挙の公認を発表している。職を辞して、国を思い、選挙に出馬しようと準備をした方も沢山いる。そういう人達のことを本当に思ってやっていらっしゃるのか。そうした人を思いながら、全体の対応は行っていくことが、政治だけではなくて、社会全体として考えるべきだと思う。いきなり自分が出馬する政党がなくなるのは、政治家の一人として残念だと思う。

 (希望の党の若狭勝・前衆院議員が政権奪取をめざす時期について『次の次(の衆院選)ぐらいの時』と発言したことをめぐり)小池(百合子・希望の党)代表は、国を思うのであれば堂々と出馬宣言をされて、国民生活に関わる重要事項について考え方を示され、真っ正面から政策論争をやっていくことが必要だと思う。

 そういう中で、小池代表の最側近と言われる若狭氏が、政権交代の見通しがあれば(小池氏が)国政に出ることもありえると。次の次ぐらいに政権交代できるようであれば、今回は出ないでも構わないという発言をされて、私も非常に驚いた。いずれにせよ、都民や国民がどう思われるんでしょうかね、ということです。(定例記者会見で)


これは後出しジャンケンの天才(終盤に来て周囲に宿題を出す気質)である小池の耳にも痛い批判として届いたに違いない。いい加減な態度は取れなくなったと思う。


国を担う政治家に求められるものは何か、自分で考える良い機会である。



正直言うと民進党がどんなどうなのかよく理解できていないところがあった。リベラルと称し非常に大陸寄りの発言をする人と半島寄りの人で半分を占め、過去の学生運動の残党のような人、その他という印象だったが、実際の構成がどうなっているのか良く見えなかった。保守的な思考からはどう見ても共産党に近く見えたが、国会議員の意見よりも全国にかなりの数で散らばる党員や支持団体のその時の強さにより政策がぶれる不気味さがあった。


この国会議員が今回仕分けされることで政策を明確にしないといけなくなったのではないか?

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票を入れる人にとっては何よりも政策の是非である。これまでは与党の推す政策が多分良いのだろうが、本当に良いのかどうか迷う人は多かったと思う。国会で民進党をはじめ左派が一体になって何につけても政権批判を行いメディアが後押ししていたのが弊害だったように思う。


これが仕分けにより、先ずは与党と希望の違い、希望と立憲民主党の違い、立憲民主党と共産党との違いが今までより鮮明に見えてくるのではないだろうか。


他人のコメントを見ていると、前原代表や辻元氏名を蔑む声があちこちで散見する。政治家としてやってきたことは失敗ばかり。決して感心はしないが、個人としては簡単に批判するつもりはない。苦学を強いられながら京大を卒業し議員になった前原氏、それ自体は大変立派である。辻元氏も一貫して自分の生き方を通した。途中で意見を変えるものが続出する中でなかなか立派ではないか(微妙)。


「こころ」は民進党との合流は聞かされていなかったと見え、自民に協力して選挙を戦うつもりになったように見える。維新も選挙後は自民と歩みを共にするような代表の発言があった。社民、自由は思想的に受け入れ不能だ。


希望の党はやはり小池氏と前原氏のせめぎ合いで進んで行くだろう。オール巨人に似た人では役不足だ。


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希望が推薦する民進出身者は折角左派の箍が外れるのだから、この際過去に何を言ってきたとしても大目に見てやろうと思う気持ちも少しはある。打倒安倍に関しては前原氏より小池氏の方が強い思いがあるようにも見えてきた。したたかさ、後出しジャンケンといい、前原氏より一枚も二枚も上に見えてきた。前原氏とてその気はあるが多分に左派が自ら出て行く意思を促す道具に使った面がある。策士が策に溺れた感がする。

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ま、国のために頑張って貰いたい。私は自民党にも要望したいことはあるが、外交手腕においてこの国は安倍総理をおいて任せられる人材を見つけることができない。これが決め手である。