戦後の姉妹都市には2つの流れがある。1つはヨーロッパにおける戦勝国と敗戦国の関係を和らげる意味で自治体同士が友好関係を築いてリードしていった流れ。もう1つはアイゼンハワー大統領が「ピープル・トゥ・ピープル・プログラム」を発表して国際都市提携を提唱した流れ。日本や韓国はこの2つ目の流れに協力して姉妹都市を発展させてきた。
姉妹都市という名称では上下関係が生まれるとして友好都市、親善都市と呼ぶ国もあるし、国の中で目的によって使い分けている国もある。
日本での国際自治体提携上の「友好都市」は、「姉妹」では上下の関係が生じることから中華人民共和国との間で使われるようになった(中国語では「友好城市」)。たとえば奈良市は、国際自治体提携の相手方が中国の都市ならば「友好都市」、中国以外ならば「姉妹都市」と使い分けている。「友好都市」は、現在では中国以外にも使われることがある。
問題点もある。鳥取県境港市と北朝鮮・元山市の姉妹都市提携が、北朝鮮の核実験を理由に破棄されたほか、国レベルの政治的な問題で交流事業が中断されるケースは少なくない。2001年の歴史教科書問題や小泉首相の靖国神社参拝、2005年の竹島問題の際、日韓の自治体交流事業、姉妹都市間での学校や民間団体の交流事業が中止されるケースがあった。中でも竹島問題の当事者である島根県と韓国慶尚北道は、1989年から姉妹道県として交流を続けてきたが、2005年の島根県による「竹島の日」条例制定をめぐって慶尚北道側が提携の破棄を発表した。島根県側はこれを受け入れてはいないが、現在に至るまで交流は再開されていない。
中華人民共和国の都市との間では、2003年に岡山市が台湾の新竹市と姉妹都市提携を結んだ際、協定書に「中華民国」と記載したことについて、先に提携を結んでいた洛陽市が反発、交流の凍結を通告するという事例があった(2006年に再開)。2012年2月には、河村たかし名古屋市長が、友好都市の中国南京市の訪問団に対し、南京大虐殺をめぐる発言をしたことで、南京市は名古屋市との交流を当面凍結することを発表し、中国外務省も断交を支持している。
日本において自治体の国際提携の情報提供と支援を行う財団法人自治体国際化協会では、統計・整理上の基準を定めていて、その中に親善都市は目的を定めず、なるべく幅広く交流するように、「交流分野が特定のものに限られないこと」とあるが、其々の国によって解釈は異なる。古くからChinaは大きく政治的に利用してきたことが分かる。
さて、大阪市長はサンフランシスコ市が公有地への慰安婦像および碑の移管がなされるなら友好都市関係を見直さざるを得ないという立場を取り、サンフランシスコ市長宛の書簡を送ったが予想通りの回答が返ってきた。
ここで不思議なことは大阪自民党がこれに反対の立場を取っていることである。最近の傾向だと思うが、民進党も自民党も国政にあたる者と地方自治にあたる者で意見の相違が目立ってきている。これには単なる推測として、議員が其々に経済交流に手を貸して地方の産業を盛り上げている苦労や立場があるように思える。
サンフランシスコとてChinese Communityとその経済力で雁字搦めになっていることも予想できるし、アメリカが提唱して育ててきた姉妹都市の在り方に他国が意見を述べるなというプライドもあるのだろう。
保守はこのニュース(回答)を見て、関係を切ってしまえと大合唱している感があるが(私もその1人)、今後の国の政治のあり方として地方の見解や意見が大きく影響して来る予感がしている。国政自民党に対立する可能性は地方にあるのかもしれないとさえ思うこともある。この問題でどこまでそれが反映されるのか、或いは左右されるのか、それに当たる国の議員の見識を知る上でもしっかり成り行きを見せてもらうつもりである。答えは簡単ではないと思う。
勿論産業界との利権のことで反対しているのならば、取るべき方向は簡単なのだが。

















