テルヨちゃんの事を 書いたことがあった。
小学校の時の ライバルであった。
もちろん、遊びのリーダーですが・・・・・
彼女とは、あれ以来、関係が絶たれている。
大阪に引っ越ししたので、小学校の時の同窓会は、別ルートになっている。
即ち、中学校の学区が違うからだ。
今、使われて居ない旧小学校を借りて、運動教室に通っている所以からか、テルヨちゃんを思い出すのは、必然でしょうか?
大人というのは、主張を抑えてしまいます。
調和を第一義にして、とにかく、楽しく交流することを望んでいるからです。
目立っていても、昔は一向に構わなかった自分ですが、変われるもんですね~~
笑ってしまいます。
しかし、作品を創る仕事?を目指してからでしょうか 目立って なんぼ
が 普通でした。
が、目立っても、問題無い 生き方が 裏打ちされて が 条件ですが・・・・・・
前に進む 力 が 強い からでしょうか、 まわりの事は眼中にアリマセンでした。
何を表現するべきか? だけに 集中しておりました。
夫の介護・看取りから 13年目に入って、今の何も表現しない生活 が 少し 退屈になりました。
この町内に来た時から、普通の人ではない認識で見られて居た事を知り、 「何をしているの?」 と 問いかけられているようです。
まだ、 そんな 元気 は 無いのですがネ。
そして、いつ買いに来ても対応できるように、退職しても、毎日 別室で待っておられるとか 聞いてしまっている 染料店の先生。
私は 何かをするために 生まれて来た。
急に亡くした義息子 の ショックから、まだ、立ち直れて居ないと 逃げ口上は 通用しない。
「すべてを捨てますから、作品を創らせてください」 と 神様にお願いしたのは、 私。
テルヨちゃんは、今、実家に帰って、 コモって居るとか・・・・・・
作品は 見てモラって、楽しく微笑んで 貰えれば いい とか。
あらがって生きてきた その者!
勇気を出すのだ
残り時間は もう少ないよ。