コミュニケーション力を武器にせよ | seawinterのブログ

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絵は語りたいメッセージである。自由に想像の世界に遊べば良い。
ブログは内面のスケッチ集である。
ここから 創作へのステージは開かれている。

メモ帳に書かれた 一文 で ある。

 

続けて、 ハイと いい返事をする 人間は 伸びない  と ある。

 

TV 番組で 拾った 言葉? だろうか・・・・・

 

背景は 全く 思い出せない。

 

 

 

私の 名前 は  睦子

 

6日に 生まれたから  睦子

 

7番目に生まれたから、命名に苦心した 父 の 苦悩の 現れでもある。

 

しかし、名前には、その人の人生の目標 が 込められている と ある書物に書かれていた。

 

絵筆を断念せざるを得ない状況に 追い詰めたのは、神様の思し召しかと・・・・・・・

 

表現することは 命を削る 行為でもある。

 

才能も考えず、絵を描きたいと望んだ 私は、25歳から再びの学生になり、猪突猛進で励んだ。

 

61歳までで 絵筆を終えたのは、介護生活に突入したからだ。

 

2つの道を両立出来ない事は、わかりきっていた。

 

不器用な上、弱い体質は、まともに介護出来ない状況に追い込まれた。

 

幸いというか、義息子が助けてくれた。

 

夜は ぐっすり眠るように、勤務しながら 夜に 父親を見てくれた。

 

倒れるように 夜になれば寝込んでいた 私は 詳しくは 知らない。

 

しかし、彼も 病の発覚で 入院 と なり、やがて、死の宣告を受けた。

 

介護と たやすく 言われるが、生易しいものでは、 決して 無い。

 

下手したら、私は 生きていなかった  だろう 。

 

息子の急病は 介護が無かったら、どうだっただろうと 考えてしまう。

 

4ケ月の入院、手術も出来ない末期の癌 は、 転移して、手をつけられなかった。

 

もしかして、 身代わり?

 

 

誰かの命が 所望されていた としか  考えられない。

 

一年も前に 息子が 先に 逝くなんて・・・・・・・

 

悲しみ は 何も産まない  が、 大きく 私を 変えた。

 

人間の事 より 絵を 追求した 私は、人間としては 幼い。

 

コミュニケーション力 を 武器にせよ と 聞いた私は、即、メモしていた。

 

主婦業と絵筆の生活は 狭い境遇でしか 無い。

 

人と人 が 集う事なくして、コミュニケーション力 は 得られない。

 

そして、人は それなりに クセ を 持つ。 どんな 人 でも。

 

奥深い思いやり で そっと 内密が 保たれる が、小さな ヒミツは 存在を隠せない道理かも しれない。

 

太陽のマブシイ光 が 強ければ、悪は あばかれてしまう ことわり が 妙を得る。

 

いとしい人達よ! 時間 が 許す限り、 あと少しの年月 (高齢の為、30年も無い命だから)  楽しく 過ごせますよう 祈ります。

 

小さな空間 で 、行き交う道で、微笑みだけが  そっと 孤独から 解き放たれる。

 

そして、人生の目標も 達成 へと 導かれるのだろうか?

 

360度 球体の 魂 は、 長所・短所 と デコボコの姿 を 持つのであろう。

 

何回生まれ変わっても、達成 には 程遠い 事 だろうが、存在している事は  事実 だ。

 

清廉 が キーワード の この世!

 

悪の華 が 咲くことは 無いことわり。

 

罪 は 決して 見逃される 事は 無いのだ。

 

生まれ直して  罪の償い は、 悲しい現実 を つくるだけなのだ。

 

届かない声 と して、 そっと、書き送ります。

 

神様は どんな時にも そっと見ておられる 事は 知っておられるでしょうか?

 

 

そして、 自らの意志 が すべて なのです。