雲悠々水潺々 | seawinterのブログ

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絵は語りたいメッセージである。自由に想像の世界に遊べば良い。
ブログは内面のスケッチ集である。
ここから 創作へのステージは開かれている。

昨日から 雨が 降り続いて シトシト・・・・・

 

頭が重くて、とうとう 起きられなかった。

 

だらしない なあ~ と 想いつつ、無理しないで、休養しよう と 決めた。

 

今、太陽が雲の隙間から出たのか? 急に明るくなった。

 

常の居住スペースは奥の部屋なので、一日中  太陽光線に当たらない事もあります。

 

9日、 案内状を頂いていた 同志社大学の ハリス理化学館同志社ギャラリー企画展示室へ 行きました。

 

2月26日~3月24日  「考古学は地域に勇気を与える」 森浩一の考古学 2  を 見学しました。

 

御所の北側一帯だった。

 

初めて 足を運んだ 地域である。

 

大学 という 場所には、あまり、縁が無くて、地下鉄を一駅 早く 降りてしまって、失敗しました。

 

案内状に(パンフレット)には、地下鉄今出川駅下車 と 印刷してあったのに・・・・・・・

 

パソコン教室に 丸太町 で 下車 していたので、タカをくくって、なんとかなるだろうと あるき始めたが、ナカナカ 今出川の表示は無い。

 

地下鉄の丸太町は地上に上がらず、パソコン教室は 地下ですから、

まるで、土地勘が無かった事に気がついた。

 

犬の散歩をしていた 男性に道をたずねた!

 

「とにかく、今出川通りまで、まっすぐ行って、右へ曲がってください!」

 

犬を抱えながら、「犬の様子を見てから、口を聞いてくださいよ~!」

 

自分のことしか、注意が行き届いていないのか? 小言を言われた。

 

京都に住んで、30年が過ぎるが まるで 地域のことまで判っていない事実を知る。

 

想像で丸太町から、 すぐ  近く だろう と 決めつけていた。

 

御所の南側に 丸太町は あるので、なめていた。

 

御所の北側に 広い地域に 同志社大学は 存在していた。

 

そして、その場所は、江戸時代まで  薩摩藩の 藩邸だった。

 

明治維新 後、幕府側の使節は 全くの崩壊で やがて、民間より 大学側へと 土地は回求められ、

 

やがての時には 教育 の 施設機関 へと 考えられていたようです。

 

 

森浩一氏の 考古学は、資料ばかりの展示で 私には 難しいすぎました。

 

 

一里塚 という 同志社大学 書道部 卒部展 が 展示してあったので、観てきました。

 

9名の 書道部 の 方の 力作が 展示されておりました。

 

2点づつ、計 18点 の 作品一覧 の ご挨拶に 名前と創作・臨書 が 明記されておりました。

 

力作といいましょうか、画面には、気が充満しており、社会人に飛び立つ 気概が感じられました。

 

その中で 1点 、白地と墨地のバランスが取れて、精神的に安定した 作品と出会いました。

 

字が読めなくて、係の大学生に尋ねましたら、携帯電話で本人に 聞いてくれました。

 

雲 悠々 水 潺々     くも ゆうゆう みず せんせん

 

作品の意味を想像しながら、帰途につきました。

 

どの字が 分からなかったって?・・・・・・・

 

もちろん 潺 です。

 

初めて観ましたから、新鮮でした。

 

人との出会いが広くなった事で、今まで 全く知らなかった場所に 赴く事で、刺激を頂き 感謝しております。