暴行問題に | seawinterのブログ

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絵は語りたいメッセージである。自由に想像の世界に遊べば良い。
ブログは内面のスケッチ集である。
ここから 創作へのステージは開かれている。

新聞・テレビで 暴行問題が 報道されていて、 心が 寒くなります。

 

しかし、過去の私も 一度だけ 経験があります。

 

41歳、1986年、(S61) ポケベル、バブル景気へ突入の年、そして、チェルノブイリ原子力発電所事故と ジャカルタ事件ー日本赤軍による

インドネシア大使館 襲撃 の 事件などが あった年でした。

 

義娘が 膠原病の治療で 京大病院に2年間 入院して 治療することになり、6歳の義孫が 父親に連れられて 突然 我が家に やって来たのです。

 

子供を産んで、育てた経験が無い 私に とっては、寝耳に水 の 事件でした。

 

早速、保育園に連絡を取り、相談に行きました。

 

そして、やはり、 親しい身内が 預かって、面倒見るしか無いという 結論が出て、近くの保育園に事情を話して、入園手続きをし、転園させました。

 

入院中の義娘は 困惑しておりました。

 

夫の不甲斐なさに 呆れ果てて おりました。

 

いえ、その分、義娘は自分をも、 責めていた事でしょう。

 

6歳の男児 と どう 付き合うか?

 

食事に気をつかい、夫と孫の 年齢差 もあり、 考え込みました。

 

しかし、この年令の園児にとっては、「みんな同じ でしょ!」 が  一番 有効な手段 と、 夫には悪かったですが、同じ量のお食事を3食 作っては並べ、「一番 大きなのを 選んでいいよ~~!」(*^^*) と 勧めました。

 

 

義孫は 目を皿のようにして 料理を見つめ回し、選んでいました。

 

満足そうに、パクパク と 食べてくれました。

 

やはり、人間は 胃袋を 掴む事が 一番 近い 仲良しのなり方 と

想いました。

 

 

が、やはり、 衝突する出来事が 起こりました。

 

考えられないような 発言(詳しい内容は忘れましたが・・・・)を 義孫が 発して、思わず 手が出てしまいました。

 

そう、 ホッペタ を 平手打ちで 思いっきり 叩いてしまいました。

 

理性に欠けて居たのは、私だったかも しれませんが、 幼いにしても、言ってはならない 事は あるものです。

 

祖母には、私も 小さなイタズラで 何度もお尻ペンペンされて来ましたから、その言動は許せなかったのです・・・・・・・

 

 

中学生になった彼は、 なんと! 自殺未遂を おかしました。

 

それから、普通の学校ではなく、特殊な病気の子供達の専門病院 付きの 学校に転校し、義務教育を終えました。

 

離婚した義娘の元に帰って来て、そのまま、 登校しなくなり、進学しませんでした。

 

母親(義娘) が 亡くなり、 彼はひとり暮らしで、その後も 引きこもっております。

 

原因が 分かつたのは、平成ナン年でしょうか?

 

アメリカの研究機関が 長年かかって  知り得た謎 を 解明されたニュースを見たときです。

 

 

夫婦が DV で  産まれたての乳飲み子をソバに 日常的に 争っていると、コミュニケーション を 司る 脳の部分 が 成長しないで 育ってしまうという 現実 だったのです。

 

その ニュース を見て、ビックリしました~~~~!

 

義孫の症状に  ドンピシャ だったからです。

 

言ってはならない言葉を 普通にしゃべる 事 に 憤りましたが、それでは、人間関係はつくれませんよね~~~

 

私も 理不尽だったかも  しれませんが、 どうしても許すことの出来ない発言でした。

 

多分、血がつながっている、いない の 問題外 でした。

 

その時、私は 感情的に カッとしてではなく、 理性で判断して、

 

「ならぬ!」 と ひっぱたたきました。

 

感情は 私としては 表に出すべきではない が 心情で 生きていましたから。

 

「親にも 叩かれた事が無いのに~~~!」  と、 悔しそうに 私を見て、涙を流していましたが。

 

 

「言って良いことと、悪いことが ア リ マ ス ! 」

 

「悔しかったら、大人になって、理解出来るように なりなさい! 」 と言ったかどうか・・・・・・・

 

しかしながら、彼の脳の一部が 欠けていたなんて、 知るよしも無かったのです・・・・・・

 

彼は行政にお世話になっていましたので、義娘亡きあと、二人で行きましたら、注意点として、「普通に喋りかけることは しては なりません」 と、 重 重 ご注意を 受けました。

 

彼の事を特別の医者から 説明を受けていたと  考えられます。

 

平成24年に夫が逝った後、今まで6年? 毎月 尋ねては「変わり 無い~~」 「食べてる~~?」 「 気をつけてね~~」 と、 言葉は限られていますが、顔を見て、声をかけます。

 

それ以外は 言葉には 決して 出しません。

 

38歳の 義 孫、 引きこもって居られる 事 を 想像 出来ない私は、 それぞれの人生には、深い 溝 が 存在するのだと・・・・・・

 

それでも、まだ、 自由に 沢山の方々と お話が出来るだけでも、そして、アチコチ旅行など行けるだけでも 恵まれていると、 神様に感謝している 私 です。

 

仕事も出来ない彼の 寂しさ、クヤシサ、 どれだけ  理解してやれているのか? と 暴行問題から  つい 隠していた事実を 書いてしまいました。

 

 

報道から 単なる暴行問題  「 またや!」 ではなく、 そこには、深い民族間の問題もあるだろうし、 相撲協会 という 特殊な世界 で 民間人では 考えられないような 底の深い問題が 存在するのではと?  引退 とか 言われていますが、まだ、お若いのに・・・・・と  残念でなりません。

 

土俵の上の 闘い を なんとか 続けていただきたいと希望します。