無縁さん | seawinterのブログ

seawinterのブログ

絵は語りたいメッセージである。自由に想像の世界に遊べば良い。
ブログは内面のスケッチ集である。
ここから 創作へのステージは開かれている。

菩提寺もあるのに、無縁さんになるとは・・・・・・

 

お墓は小さい頃から、お参りしていたので、なじみは深いほうだ。

 

まさか、自分が 無縁さん になろうとは!

 

しかし、家を継ぐ人が居なくなる事は、当世、珍しくは無いだろう・・・・

 

 

 

すべてを捨てて、絵の世界に飛び込んだ 私の結末としては、 当然かもしれない。

 

 

が、故夫のお墓だけは、なんとしても、残したいと 思う私は、間違っていない。

 

 

魂は 生まれ変わりで 地球を離れる事は無いとする考えだと 墓は 必要なのかと  ?  であるが。

 

どこかの国では、墓は無いとか・・・・・・・

 

まだまだ、無 になるには早い!

 

離婚して、亡くなった義娘 の お骨を 名字が違うけれど、墓に埋葬したが、やがて、合葬墓(無縁さん) に 移さなければならない。

 

矛盾を感じてしまうのは、私だけでは 無いだろう・・・・・・・

 

宗教家と石材店の 癒着 は 無かったか~~~~~!

 

バカな夢想が 一瞬 ヒラメク。

 

お骨は 墓地に埋葬しなければ ならない という 法律もあるとか・・・

 

家の男児が 亡くなる事は、 そうゆうこと・・・・・

 

娘が婿をとって、家を継ぐ事もあり、家制度は無いが、人間の知恵として、大事にして来た事は  認めたい。

 

こうして、現実のどうにもならない事に悩む のは、生きている証拠か?

 

多分、陶芸家として、少し有名だった故夫 は、100年後、誰かが、お墓を訪ねると、信じている私の 迷い に過ぎないが・・・・・・

 

なんとか、明示したいという 私の願望は 無謀なことだろうか?

 

出来ないことを チャレンジして再現した  ” 木葉天目 ”

 

昭和45年には、 木の葉のおっちゃん として、学生達に親しんで呼ばれていた夫!

 

お墓ではなく、作品が命 ならば、 愛好家 には、それが 一番かもしれない。

 

現実を超越して 命を捧げるのが 芸術家 としたら、墓のことなど、悩まないのが、本当かもしれない・・・・・・・・

 

まだまだ、 ひよっこ です。

 

 

一行の 戒名 さえ 明示してあれば それで良いのかも・・・・・・・

 

 

 

 

無縁さん・・・・・・墓の管理をしてもらう人が居ない 人

 

 

 

 

だとしたら、必要な経費を払い、菩提寺にお願いするしか  無い。

 

乾いた 笑い で 腹をくくるしか無い。

 

さあ~、表現することに邁進しなさい! と  神様の声がキコエル。