祖母が 70歳の時、私は産まれた。
昭和20年、まだ、第二次世界大戦、 戦時中だった。
だから、 B-29 が 空を飛んでいた 時代 なのだ・・・・
母から聞かされた 話 し では、「それでも、3000㌘ は あったんだよ」 ニンマリ。
その頃の 単位 は 匁(もんめ) だったが・・・・800匁??
祖母は、女の子を 切望 していたので、 3女の私を 本当に 面倒を 良く 見てくれた。
しかし、私は好奇心旺盛で 色んな事に興味を持ち、失敗ばかりしていた。
床の間の ご先祖さまの肖像画(掛け軸)の前で、正座させられ、コンコンと説教されたり、お尻ぺんぺんされた。
が、顔や頭は 叩かれた事はナイ。
私は、怖くて、泣いてばかり いたが、直ぐ、ころりと忘れては、次なる冒険に取り掛かっていた。
懲りない面は 誰に似たのだろう?
4歳の誕生日直前、妹が産まれた!
その時、参兄に 外で お守りをされていたが、 スキを盗んで、産屋に走った。
妹が ちょうど、産まれる瞬間 だった~~~~~!!
お~~~~~~!!
誰も見たことがナイなんて 知らなかった・・・・・・・
私は 祖母に連れて行かれたが、産湯をつかう 妹も 観ていた。
祖母は、そのときも カンカンになって ブツブツと 怒った。
が、その時の 顔も 覚えていない・・・・・・ 初めてのお産の全貌が あまりに 感動的 だったからだ!
今、あらためて 思うと、あの顔で怒るのは タブーでしょう!
しかし、その時は、美人という人間を観たことが無いから、何の不思議も感じていなかった。
妹は 頭が良くて 失敗しない人だったし、怒られている処は見たことがない。
あまりにハンディが有りすぎる 姉妹 だったが、本当に 可愛い妹
だった。
テンプルさんみたいに 髪の毛が クルンクルンとしていて、お人形さんみたいだった。
祖母も 超くせ毛で、日本髪を結い上げる時には、コテで伸ばして、大変だったそうだ。
妹は そのDNA を 受け継いで、 長じては、 大変 困っていた・・・
少しだけ くせ毛の私は 三つ編みにして、学生時代を過ごした。
簡単だから、そうした。
安易だけれど、真っすぐな 髪の毛に 憬れていた。
思い出の中の 祖母の近くには、いつも 猫 が いた。
3代 変わって、いつしか、猫が即 住み着いていた。
私は、調べてみた。 どうして、猫は 祖母に 取り入ったのだろうと。
どうやら、 寂しい人 の側に 猫が入り込むとの事が解った。
ブスで寂しがり屋! 怒りたく無かっただろうに・・・・・・
しかし、お産で にわか盲 になった実母の面倒 をみるために、台湾に 出向 された 夫に 離縁 を 申し出て、新しいお嫁さんを連れて行くように 身を引いたのだ。
が、台湾の台南市の季節事情は 肉体に不調を来たし、仕事を止めて、日本に帰り、元妻の膝枕で 亡くなった本当のお祖父さん!
少し離れた地所に お墓が あった。
墓参りの時には、母は、必ず 同じように お参りしていて、不思議だった。
後に、祖父ちがいの いとこ が、お骨を引き取りに来た。
子供だったから、内情は知らなかったから、悪態ばかりついて、可愛げの無い孫娘だった。
ちょうど、祖母の 年齢と同じ 私だが、お尻をぶって、手が痛かっただろうと、叱ってくれた事に 感謝 している。
濃厚な関係に いた理由だから。
腰が 80度くらい に曲がり、男親のいない父と叔父を一人で 働いて 養っていたからだ。
家の跡取りさえ 居ればと、 夫を簡単に離縁した 祖母。
肉体労働ばかり、それと、 父が大きくなってからは、二人で大阪に出て働いていた。
寂しさ は いかばかりだっただろうか・・・・・・?
夫と義息子を見送った 私は、 今では、祖母と語り合えるのだが・・・・・
母に似た 私も、ブスでは あるが、心情までは、ブスではない。
常に いい女 なのである! (顔だけで 判断されるべきではない)
そう~ 怒らない、怒らない、 笑って 過ごしましょう。
素敵なブログに 出会っては、 感動を 頂いております。
好奇心溢れる ブログ は、 つい、 笑い声 を 発しております。
近所には、野良猫たちが、私の様子を伺っている。
寂しくない 寂しくない 笑うんだぞ!!
猫なんかに 取り入れられて、どうする! 母も私も 犬派 なのだ!
猫は それでも 観察しながら、子を産み、どんどん 増えて行く・・・・
付近には お寺ばかりだから、隠れる場所には、困らない・・・・・・
祖母だったら、きっと、飼って居るだろうな と、 頑固 な 私は思う。
猫だって、自由が一番! エサの為にだけ、ゴロニャンするんじゃないぞ~~
母に 後年 叱られなかった 事を 聞いた。
母「あんなに叱られて、アレ以上 私まで 叱らなくても 良いんだよ!」 ( ̄ー ̄)ニヤリ
母も いい女 だったのだ~~~
私、良く似ている!!!(ΦωΦ)フフフ…
そして、祖母の優しさ に あらためて 涙する 私です。
母と祖母が 血縁 と信じて 泣いた事があった、ダメ孫を 失笑 していた祖母の心情は、 如何ともしがたい 苦笑いであった・・・・・・
読んで下さって 本当に ありがとうございます。m(__)m