母への想い 1 | seawinterのブログ

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母には 到底 敵わない 優しくてたくましい 忍耐の塊でありました。

 

母の出生は明治44年、その両親の恋のはてという不都合ではあるが、少しうらやましい事実が隠されていた。

 

それは、身分が違いすぎると怒った祖母が自分の戸籍に入れてしまった。

 

だから、叔父とは名字が違う。実の姉弟なのに。

 

その母(祖母)28歳の早すぎる死 (肺結核)とともに母は非常に酷な人生がはじまる。

 

わずか9歳だった。小学校4年生で退学(漢字は読めず書けず)

 

父親(祖父)って、だらしない~~! (しかし、優しい祖父でしたが・・・・・)

 

子守奉公などとは、今は遠い話であるが、大正の終わりから昭和の初めの事なのだが、まだ在った事なのである。

 

9歳で他家へ子守奉公に務めながら大きくしてもらったのである。

 

弟(叔父)は、もっと過酷な幼少期を過ごしたらしい。

 

「女と縄の切れ端は、余り物がない」=とても貴重で大事なものと祖母(父方)の口癖。

 

一軒だけではないらしい。転々と何軒かご厄介になったようだ。

 

19歳になり、父が勤める会社の社長宅の女中として、やって来た。

 

8歳年上の父のお見合い相手として直ぐに推挙されて、昭和5年めでたくゴールイン!

 

しかし、父の顔をまともに見られなかったから、誰が本当の新郎なのか??

初夜には本当に脅えたと語っていた。

 

という、信じられない話を聞いた事を思い出した。

 

父も母も、鬼籍の人となり久しいが 人と人の出合いの裏には、奇跡に等しいものが働いているのだと深く感じ入るものです。 つずく