平成28年9月11日 記
今年(H28) 71歳を生きている。
人生とは、余りにも時間が過ぎて行くのが早すぎて、その時々に懸命に生きてきたが やれることは余りにも少ない事を痛感する。
故あって26歳まで自殺願望に追い詰められていた。
しかし、自殺後の我が身の嫌悪感を抱かれる姿をさらしたくなくて、自殺場所を探して情報に敏感であった。
やっと良い情報にありついて、下見をするべく、旅行することにした。
6歳年下の同級生とそれも幼い時に しょうこう熱 の後遺症で足の成長が止まってしまった友人を誘った。
彼女は足のせいで遠くに旅行に行った事がなくて、喜んでくれた。
私は一人で旅行するのはなれていたので、彼女にユースホステルの予約や鉄道の行程を任せてみた。
旅行の醍醐味は、予定を考えて下拵えをすることが何よりの勉強であり、人任せで着いて行くだけでは的確とは言えないと思ったからだ。
足が不自由で行けないところは別行動を取り入れることで、双方満足の行く旅行にしたかったからだ。
山越えをしなければ行けないある湖を尋ねるところは私だけにした。
彼女には楽に行ける場所を探してもらうことにした。
35日間北海道・東北一周は学割(全日制)で行けたので中々の旅行だった。
さて、目的の場所に着いたら、土地の古老が現れて話しかけてきた。
「此処は、自殺願望の人が多くあらわれてね、しかし、今や成功例が無くてネ」 と、私の内心を読むように話しかけてきた。
「船で湖の真ん中まで行かなくてはならないだろう~ 、真夜中でも
ギーコ、ギーコと音がしてね、たどり着けないんだよ。」
と、私の顔をまたのぞきこんできた。
素知らぬ顔を決め込んで聞いていたが、 なんと 私の自殺願望が消えてしまっていた。
二十年間仕舞い込んでいた秘密の願望が消えてしまっていた。
古老は、 「此処は高度が高くてね水温が低くて、白蝋化して、いつまでも腐らないんだがね」
密かに入れていた情報を淡々と語る古老の姿は今も記憶に残っているが やはり、ゲート・キーパーなのだったかもしれない。
自殺願望のそもそもの原因を一度だけ、ある新興宗教の教祖さまに相談したことがあるが、死ぬまで話してはいけませんよ。と、解決出来なかった。
自殺願望が消えたからといって、原因が解決出来るわけではないから、心にすきまが出来た時には、ふと何故?!と 激しく糾弾する激しい怒りがこみ上げて来る。
解決出来ない事は世の中には他にも沢山ある。
出来ない野望を目標に、チャレンジして、昇華しようと、作品創りを仕事にして、お金にならなくても、たとえ、清貧に甘んじても、一生かけてチャレンジを続けようと生きてきた。
やがて、39歳になったとき、私にも 結婚の時期が訪れた。
家庭に入り、物創りの夫の秘書も兼ねて(夫は、戦地での爆撃で片耳が聴こえなかった)電話番が主な担当だった。
作品創りは許されて、続けて作品を発表するべし と 応援を得た。
夫には複雑な家庭環境があり、ぼんやりすることが出来ない超多忙な日々が続いた。
自身の病気も発病し、困難極まりない状況になると、おかしな話、自殺
するなんて!と 全く反対に命が惜しくなって、健康に気をつける本ばかり読むようになっていた。
すっかり、自殺願望から開放されたのだが、深層心理的には、どうなってんの?と 不可思議だらけだった。
やはり、自殺は発作的になされるもので、私のように自殺場所を下見に行くタイプは自殺できないと断言できる。
自殺すると魂は、今は、ブラックホールに吸収されて魂自体が破壊されて、二度と肉体には宿れないと宗教関係者に聞いた。
それのほうが良いと短略的に自殺なさる方もおられるかもしれないが、何はともあれ、他生の縁とか言って、この世は楽しくて仕方がない。
若きゆえのホルモン過剰か否か? 脳、あるいは食べ物の悪さも影響するものと推測し、美味しいものを自分で調理し、味の変化をいろいろと考えながら、単調な暮らしのテーブルをカラフルにして、楽しんでいる。
さて、魂は自分だけのものと勘違いされているようで、機会と感じ、聞きかじりだが述べておきたい。
魂は 六人の集合体で、順番でこの世に出てきているらしい。
自分が自分の肉体を勝手に自殺したら、他の五人の魂はどうなるのだろう。 そんな権利が有るのだろうか。
屁理屈すぎるが、向上心がとても強いもので、どんなことも強い気持ちと探究心があれば、光は見えてくると未だに希望は捨てていない。
自殺願望を二十年も続けて、やっと前向きになれたある被害者の私はまだまだ生きたい と この世に 未練たらたらです。