映画「そして父になる」感想文 | seawinterのブログ

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平成27年2月7日(土)夜9時よりテレビでH26年に発表された映画「そして父になる」が放送された。  是枝裕和監督の作品だ。

 

学歴・仕事・家庭といった自分の望むものを自分の手で掴み取ってきたエリート会社員、良多は6歳まで愛して育ててきた息子がお産をした病院(妻の実家の近く)で取り違えられていた事を小学校入学前の事前の血液検査で親子ではない事が知らされるところから物語は始まる。

 

福山雅治と尾野真千子夫婦とリリー・フランキーと真木ようこ演じる二組の夫婦は家庭環境も違うし、戸惑う心理状況がリアルに表現されている。

 

私が衝撃を受けたのは、父親が電気店経営で妻は働きに出ていて、父親が一日中3人の子ども達の面倒を見ながら暮らしているということだ。

 

遊びにお風呂におもちゃの修理にと父親が全面に子供と関わっていたことだ。

 

主人公の良多は、日本のサラリーマンの見本というか、これまでの日本の父親と同じく、あまり、かかわっていない。

 

そして、良多もその父と不仲のようだ。

父親が病気と ウソ をつかれて、弟と久しぶりに実家の父親のところに行く。

 

今までの日本の家庭では ごく普通の家庭の風景と変わらない。

 

結婚したら、実家には寄り付かないのが普通の家庭だと思うし、事実、私の父もそうであったし、仕事をして食べさせるという大きな役割を果たしていた。

 

しかし、遊んでもらったもらった記憶は無い。 兄達もそうであったと推測される。

 

兄達は戦時中に小学生であったから、食糧難と戦争中の教育に不満を持っていたようだ。

 

敗戦と食糧難、貧乏は日本の家庭では一様に格差はない状況で、ひもじい時期は続いていた。

 

やがて、私が中学生になった頃から3人の兄達は結婚し独立していった。

それぞれに子ども達が生まれ、長兄は女児・男児の二人、次兄は男児二人、参兄は女児二人を授かった。

それぞれに形は変わるが、家庭構成員によって、多少は変わるだろうが、次兄のモットウは子供と趣味を共通のものにするという事だった。

 

休みの日には、釣りをとにかく楽しんでいた。

 

幼い時は釣り堀から、そして徐々に川になり、大きな河になり、どちらも中学に入ると、湖になり、そして海釣りにも行くようになっていた。

 

そんな経緯を実家に来ては話していたので、耳に入っていた。

 

兄は小学校を卒業すると鍛冶屋に奉公していた。

田舎だから、そのようなところしか就職先はなかったのだ。

 

しかし、その頃の学校は軍事教練といって、ぼやぼやしていたらゲンコツが飛んでくる厳しい状況で、上の高等小学校には行かなかった。

 

義務教育の中学卒業の資格があるのに、頑として行かなかったのだ。

 

後年、年の離れた妹達が普通に高等教育を受けるのに、両親が兄嫁に叱責されていた。

 

男にこそ教育は必要なのに、なんという理不尽な親と軽蔑されていた。

が、内実は、本人のたっての希望で上の学校には行きたく無いという意志を通したものだったのだ。

 

今はもう、その兄嫁も亡くなった。

 

両親と私達姉妹は咎められてしまい、気まずい気持ちを持ちながら、曖昧にしていた。

 

だから、気持ちの上で、少し距離をおいた間柄だったが、この映画を見て、次兄の理想の家族である子どもたちとしっかり絆を築いて来たことをズシンと胸に思い当たったのだ。

 

彼らは家の近くに高校を卒業すると就職し、そして結婚し、家を建てている。

いつも、親の家に遊びに来ては、賑やかに過ごしている。

 

兄嫁が亡き後も、変わらず寄り集まって過ごしているとのことだ。

 

その事実が胸に突き刺さって来て、そういうことだったのか!?と。

 

男親は、少々寂しくても、仕事に生きて、ベタベタしないのが常識と思い込んでいたのだ。

 

しかし、子供の意志で親の家の近くにずっと居るのは珍しいのではないだろうか。

 

仕事先も、派手なところではなく、小さな企業だが、転勤もなく、ずっと働き続けている。

 

彼らも、子供をもうけて、楽しい家庭を営んでいる。

 

私は時代の波に流され、一旦、大企業に就職した。しかし、時代はまだ早く、女性はお茶くみが常識で、専門職にはつけなかった。

 

その頃はまだ55歳定年の時代で、父が定年を迎えて、再就職し私達を学校に行かせたいと頑張ってくれた。

 

72歳で病気になり辞めるまで、働きづめだった。

 

私は死ぬまで仕事がしたいとの思いから大企業を辞めて、専門学校に通った。

 

私の希望を父は応援してくれた。専門学校の授業料を出してくれたのだ。

 

それが、兄嫁の不満の元だったのが、父は、曽祖父が絵描きだったことから、後継ぎとして自分から望んだ子供の中から応援しようとじっと待っていたようだ。

 

絵かきになりたいと言い出してから、父と私には反対の声があがったが、風あたりは気にしなかった。

 

しかも、心の中では、山頭火のように、たとえ、さすらいの境遇になっても難しい事にチャレンジしようと邁進してきていたので、人間として、家族と絆を築くとかの観念がまったく無かった自分と次兄の差を初めて気づいたのがこの映画だった。

 

兄は兄の幸せを求めて、日常から、若いときから信念を持って生きていたということ。

 

血のつながった兄の気持ちを70歳近くになり理解して、そして、自分と他の人間との距離感があるのを、まざまざと思い知った。

 

すべての結果の原因は自分が作って来ているのである。

 

映画の中で、お風呂のシーンは印象的だった。

 

いつも一緒にごちゃごちゃと入り、慶太は実の父(雄大)から、風呂の水を口に含んで、ピューと顔に吹きかけられるのだ。

 

なつかしい家では、育ての父(良多)から何事も一人ですることと厳しく、その子のためにだが、そんなことは経験したことがなかったのだ。

 

吹きかけられて、キャッキャッと嬉しそうにはしゃいでいる姿は可愛らしかった。

 

彼はいつも一緒の楽しい時間におとなしく従っていた。観察しながらであるが。

 

そして、ラストシーン、慶太は元の家に帰ったが、父親を見て逃げ出した。

父・良多は家の近くの道を追いかける。

あまりの複雑な気持ちに慶太の顔は涙でクシャクシャだ。

 

しかし、逃げて逃げてしまう。

 

父・良多もあまりの変化にオドロキ且つ愛おしさにゆすぶられて追いかける。

 

そして、幼い子供の足では逃げきれないで、父の胸のなかへとおさまった。

 

家族とは血のつながりだけなのかと作者・監督の問いかけが鋭く突き刺さってきた。

 

いかにせよ、毎日の日常を共にするのが家族だ。

 

日々のそれぞれの営みに対して、誠実であれば、家族は成立するのだと静かに胸に落ち着いた。

      H27年11月19日加筆訂正・H29年7月20日再度訂正。