メキシコ国境からカナダ国境までの2650マイルを歩くということはどういうことか。簡単に言うとアウトドアで半年暮らすということ。一日に8時間から10時間歩くことが「仕事」となる。PCTは勤務先となり家となる。毎日出張する肉体労働者でもあり、仕事先で寝泊まりする究極のリモートワーカーでもある。

 

この概念はハイキングやバックパッキングの域をはるかに超えている。歩くことだってルーティーンになるから、仕事の要素が強くなるのだ。スケジュール通りに目的地に着くためには、プロジェクトマネージメントの左脳スキルが必要となる。体力と情熱の源となる右脳だけではやっていけない。この「仕事」の報酬は、絶景、トレイルファミリーやトレイルエンジェルとの交流、一人の時間、体との対話、シンプルライフ、その他悲喜こもごもの感情のドラマなど、想定外のボーナスも盛りだくさん。

 

PCTは人生の縮図でもある。

 

下はNobo(ノーボーと発音。Northboundの略で北へ向かうスルーハイカーのこと)の出発点であるメキシコ国境で2021年に撮った写真。さび色の国境壁が東に向かって延々と続く。出発日はこの壁がなかなか視界を去らなかった。まるで万里の長城のように、どこまで歩いても振り返れば見え続ける。

 

この壁ぎわにあるサウスターミナルの石碑の前で記念写真を撮ってしまうと、マイセレモニーは終了。あとは歩き始めるしかない。周囲には何もないし携帯ももう使えない。覚悟は決めていたものの、後戻りできないところまで自分を追い込んでしまったと感じる。とうとう来ちゃったよ。

 

ここへたどり着くまでの道のりは厳しかった。

 

 

3年後の今、勤務先から再び無給休暇をもらい、年齢的にギリギリのところとはいえ、まだできると感じているので、とにかく自分の内なる声に従ってここまで突き進んできた。いつもいつもPCTが頭を離れず、日常生活でもあたかもトレイルにいるようにミニマリストを続けてきた。トレーニング中は頭の中で、PCT!PCT!というマントラが響き渡る。ハッと気づいたら私のアイフォーンはサザンカリフォルニア関係の歌がたくさんダウンロードされていた。これをサンサンと光り輝く太陽の下、カリフォルニアのトレイルで聴きたい。

 

It never rains in Southern California

California Dreamin'

Going to California

Come into Los Angeles

Hotel California.....Etc.etc.

 

完全に右脳の所作だ。

 

しかし、出発寸前になった今、理性をつかさどる私の左脳が執拗に邪魔を入れて来るのだ。左脳の逆襲。左脳の悪あがき。

 

「3年前にも十分やっただろう。なんでまた行くの?」

「67歳だよ。できるわけないじゃん。」

「今後体が動けなくなってからも楽しめるような趣味を見つけたら?」

「お友達は大切だよ。なんで人間関係まで断捨離してるわけ?歳とってからだと新しいお友達できにくいよ。」

「お金は大切。なるべく長く勤務して老後の蓄えを増やしなさいよ。アメリカは医療費が莫大なんだから。」

「そんな危険なことしないで、孫達の世話でもしたら?あっという間に大きくなるから、そのうち後悔するよ。」

「いい歳して人生から逃げているだけだよ。いい加減大人になれよ。そろそろ家族のために、人のために生きろよ。」

 

下は今朝ジョギング中に撮った写真。右脳からはとっくにゴーサインが出ているのに、左脳はなかなか直線距離を行かせてくれない。ここで左に行けってか?太陽が昇る前の曇り空。

 

NetflixでCobra Kaiというシリーズを発見した。40年近く前にアメリカでヒットしたThe Karate Kidの続編。あの時の登場人物が40年の年月を経て、再びカラテに引き寄せられ展開していくドラマ。いまどきカラテかい。(断っておくが、「空手」ではない。カラテである。日本の空手道とは無縁の世界。)セリフも筋書きも超時代遅れだし、演出がくさすぎる。コンプライアンス的にも完全にアウト。こういうシリーズがまたヒットしているのが信じられない、と言いつつ見てる私も私だが。

 

ワンエピソードにお約束のようにしっちゃかめっちゃかの喧嘩シーンが出てくる。敵が味方になったり味方が敵になったりして、無限に殺し合いに近い決闘シーンが繰り広げられる。昔の西部劇のような荒くれもの集団。このシーンが始まると私はトイレに席を立つ。

 

で、ふと気づいたことだが、これって私の左脳みたいだ。ときには暴力的に、ときには巧妙に潜伏して、私の右脳の決定を妨害しにくる。私の赤子のような純粋な願望を、理性的思考でねじ伏せにくる。トラウマ、常識、親に言われたこと、裏切られたこと、絶望したこと、傷ついたこと、など、私がいだいた過去の弱みを総動員して私の夢を壊しにかかる。まさしくコブラ会の逆襲そのものだ。

 

現代社会を生き抜いていく上で左脳の機能は不可欠だし、完全に悪者だとは言わないけど、左脳の理性は人生で跳ぶチャンスを邪魔することはたしかだ。左脳は私の知識と経験則からしか答えを引き出せない。本当の意味での解決策を提示してはくれない。今の私には「心を澄ます」ことが大事。たくさんのものを失っても夢を追いかける姿勢が大事。

 

どんな揺さぶりが起こっても、私の心には常に北を指す羅針盤がある。そのサインに従って私はPCTNoboに戻る日を待っている。