今夜の宿は駅前旅館で、文字通り駅の近くにあるのだが方向を間違えて逆に向かったので、所要時間の倍かかって到着。玄関は「これぞ駅前旅館」という佇まいで好ましい。女将さん親子に迎えられて部屋に通される。
 部屋はこたつが用意され、のんびりくつろぎたくなる雰囲気だけれど、時間も時間なので飲みに出かけることとする。Tさんが調べてくれた候補店は南気仙沼にあり、今夜の寒さと道が不明瞭であることから気仙沼駅からタクシーを使うことにした。
 タクシーで10分弱ほどで海岸沿いの港町南気仙沼に入る。ところが予定していた店は正月休み。運転手さんに他におすすめの店を尋ねると、すぐ近くの店を案内してもらえた。店の構えは和風スナックな感じで、店内もそういう感じだ。「今ひとつだと感じたら早めに出て次の店にしよう」とTさんとアイコンタクト。カウンターの席に座る。後ろに座敷もあるが、こういう店はカウンターで飲むのが楽しい。
 まずは生ビールで乾杯したあと、お浸しと煮物の三品ついたお通しを食べる。「うまい!」お互い目を合わせて「この店はいける」と合図。勢いづいた私達は刺身、カキ酢、湯豆腐を頼む。刺身が美味い。カキは磯の香りがほんのりと口に広がる美味しさ。そして、寒い日には湯豆腐である。すっかり気分よくなってきた私達は、ママに熱燗を注文。生の魚介類を食べながらの熱燗は冬の北国の酒飲みの大きな楽しみである。あっという間に熱燗を空ける。
 ふと壁に並ぶ酒たちの中に、女川の売店で気になっていた蒼天伝の青い瓶を見つける。これぞ運命の再会だと喜ぶ二人。ママによると蒼天伝は気仙沼の地酒だそうである。出会えてよかった。調子づいた私達はマグロの刺身を注文。蒼天伝のすっきりとした甘さはマグロとよく合う。先ほどから「美味い美味い」を連呼している私達に好感を持ってくれたのか、ママがサービスでお雑煮を出してくれた。気仙沼の正月の味である。
 ふと気づけば座敷にいた地元客も帰り、私達以外のお客はカウンターの隅にいる男性だけになっている。男性と北三陸の話などをしているとそろそろいい時間。行きは気仙沼駅からタクシーで来たと話すと、ママがタクシーを呼んでくれた。お会計の際に、お年賀のタオルまで戴いた。玄関の外まで出て見送ってくれたママにお礼を述べて店をあとにした。

 旅館に戻ると女将さん親子、この場合はおばあちゃんが女将でおばさんが若女将となるのだろうか?そんなお二人が玄関脇の部屋から声をかけてくれる。まるで下宿先にでも帰ってきたような気分で、家庭的な雰囲気の旅館だ。風呂に入ったあと、部屋でこたつに入ってくつろぐ。木の階段も木の廊下も掃除が行き届いていて綺麗で、風呂もトイレも新しく綺麗だった。ひんやりとした廊下に面した洗面台で二人並んで歯を磨いて就寝。静まりかえった旅館の感じだと、今夜の宿泊客は私達だけなようである。




 14:59女川発の列車は、早くも西日が傾き始めた景色の中を走る。石巻市内に入ると少し雲が厚くなり、15:26到着の石巻で15:33発の小牛田行きに乗り換えると、のどかな田園地帯へと風景は変化していく。

 16:09小牛田(こごた)に着いた。外は小粒な雨が降っている。改札口はホームの上にあるが、駅舎は跨線橋を下りたところにある。あたりは田んぼが広がるが、駅舎のある駅前周辺は少し家が並ぶ。肌寒いので外に出る前に紙コップの自販機でいちごオレとバナナオレを買って飲んでから散策を始めた。
 小牛田は東北本線から石巻線と陸羽東線が分岐している鉄道の町だが、ターミナルというには小さな町で、新幹線も小牛田を通らずに陸羽東線の古川を通り駅を設けた。そういう経緯があるのでちょっと判官びいきで気になる駅である。駅前には店も少なく、駅前旅館の手前に古い和菓子屋をようやく見つけ入ってみた。
 「山の神まんじゅう」というまんじゅうをTさんが買う。ふと店内の脇に「鯉のえさ」が置かれてあることに気づく。店員さんによると、店の前の駅前通りの歩道の脇の水路に鯉がいるのだそうで、一袋いただいて早速えさやりを開始する。普通の鯉はえさを投下するとすぐに寄ってくるのでなかなか面白い。しかし、その中にいる錦鯉はなかなか手強く、えさには見向きもせず悠々と泳いでいる。その気品の高さに水路のボスのような風格さえ感じ、感服しながら引き上げた。

小牛田16:50の東北本線の電車は701系という通勤型の電車で、三両編成の電車は結構席が埋まっている。何とか席に落ち着き、山の神まんじゅうを食べる。名前に見合った品のある味を満喫しているうちに外はすっかり夜である。17:36一ノ関到着。17分の接続で発車する大船渡線のキハ110の二連は私達が座ると座席はほぼ埋まった。
 外は暗闇だが時折灯りが現れると、そこは駅のある集落で、学校帰りの高校生が駅に停まるごとに降りていく。車内の温度で窓が曇るくらいなので外は結構寒そうである。大船渡線には政治的なしがらみで大きく迂回させられて建設させられた区間がある。その迂回ぶりを曇った窓を使ってTさんに説明する。19:15気仙沼に到着。想像以上に寒い。震えながら改札を出ると脇に「ドラゴン神社のお守り」という受験生向けのお守りが無料配布で置いてあった。大船渡線の愛称は「ドラゴンレール」である。





 12:49に女川(おながわ)に着いた。駅の手前の丘は斜面を造成中といった眺めで、二線あったホームは一線の片面ホームになり、階段がなくまっすぐ新築なった大きな駅舎に続く。三角の駅舎は土産物屋や温泉が併設され、駅舎を出ると足湯もあった。女川駅は観光駅として生まれ変わった。
 駅舎からはまっすぐに海の方向に向かって歩道が延び、道の両側に観光客向けの店が並んでいる。新しい女川の景色がそこにある。こちらは後ほどゆっくり見ることにして、私達は港の方に向かうことにした。港の近くに食堂があるらしい。私は過去に女川を二回訪れていて、二回とも魚市場の上にある食堂に行った。そのときの魚介類の素朴な美味しさが忘れられないので、新しい港も楽しみにしながら向かった。
 海はすぐそこにあった。しかし、道路はまだあちこち工事中で、まっすぐ海に向かうことは出来ず迂回を強いられる。予想以上に時間がかかったが、駅から徒歩20分くらいの距離で何とか港にやってきた。事務所らしき建物はまだ仮施設のような造りだ。しかし、この付近にあるらしき食堂は見当たらず、私達は食堂は諦めて岸壁のほうに行った。そこからは女川の港、海が静かに広がっていて、停泊している漁船の白い船体に水面のきらめきが反射している。見渡せば、水面は午後の日差しを受けて白く輝いていた。明るい景色である。私はじっと佇み、ゆっくりとカメラを構えた。

 気持ちも新たに、先ほどの観光通りに向かう。魚介類を期待したが、それをやっている店がない。基本的には飲食店そのものが少ない感じだが、限られたリソースで出来る限りのことをしようと力を尽くしているのが伝わる。「わかめうどん」という張り紙を出している店に入る。
 Tさんはこの店の名物だという「さんまパン」を買ってきた。三陸のわかめを使った「わかめうどん」は海の香りの素朴な美味しさのうどんだった。「さんまパン」は甘い味の中にほのかにさんまのエキスが香る美味しい乾パンで、ちょっとしたおやつにも最適だと思った。暖房の効いた暖かい店内で、店員さんの温かい笑顔に触れられたランチタイムだった。

 お腹が満たされたあとは駅のお土産屋を覗き、Tさんが手拭を記念に買い、列車の時間まで足湯に浸かる。晴れた空に吹く風は冬の寒い風だが、ぽかぽか暖まるひととき。