鳴子温泉駅で新幹線の指定券の変更をやっていただいた。ベテランの駅員さんはさすがで、私の口頭での説明だけですべて把握して丁寧な対応でテキパキと切符を発行してもらうことが出来た。当初の予定では盛岡から山田線で宮古に出て、「あまちゃん」の舞台になった三陸鉄道北リアス線で久慈。久慈から八戸線で八戸に出て新幹線で帰ってくる予定だった。その切符をJRの「乗車変更」の手続きに沿って、新庄から山形新幹線にの指定券に変えてもらったわけである。新庄のほうが八戸より東京に近いので運賃が安くなり、差額として二人分で五千円近く戻ってきた。
鳴子温泉を出た列車は少しずつ日が暮れていく山間を走っていく。地面は雪が残り、空はきれいなブルーに染まり、雪の積もった地面を照らしていく。
陸羽東線の終点である新庄駅に着いた。新幹線に乗る時間まで一時間ほど余裕を作ったので、その間に町歩きをしてお土産を買う。
新庄は雨だった。駅前通りを歩き店を物色する。信号のない横断歩道を渡ろうとして立ち止った私達を見て、路線バスが止まってくれた。心やさしい町だとTさんと感激する。
駅前通りに並行するように裏道があり、そこに灯りが見えるので行ってみた。この道の風景は以前に新庄に来て泊まった時に歩いた憶えがある。縄のれんを掲げた良さげな店がある。店名もいい感じだ。さっそく入店。
店は主人と若い娘さん?な女の子の二人で切り盛りしている店だった。Tさんの山形県初来訪を記念して山形県天童の地酒「出羽桜」を頼んで乾杯。お通しの肉団子の汁が美味い。酒に合いそうなので頼んだエンガワ刺身も美味く、えびしゅうまいネギ炒めも美味しい。今回の旅の終わりにふさわしい庶民的な温もりのある店だった。40分ほどの滞在で名残惜しくも店を出る。
新庄から乗った新幹線つばさの車内で、駅の売店で買ってきた出羽桜で再び乾杯した。新庄に泊まりたかったなどと言いつつ、夜の山形路を東京に向かい帰っていく。
今回の旅は美味しいものを色々と食べた。でも、それ以上に「人の優しさに触れる旅」だったような気がする。三陸の人たちの笑顔を思い浮かべ、今回行かなかった宮古の訪問も含め、近いうちにまた東北に行こうと決める私達であった。
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三日目の朝が来た。今回の旅は二泊三日である。朝、ホテルの食堂でバイキングを食べていると、近くのおばさま方が今朝の遠野は気温マイナス3℃だと話していたとTさんが教えてくれた。ホテル内は暖かいが外に出ると確かに寒い。しかし、旅も三日目でだんだん体が慣れてきたのか、身が縮むほどの寒さではない。
遠野から乗るのは快速やまゆり盛岡行き。三両のうち二両は自由席なのでそこに乗る。曇り空の下、ディーゼルカーは快走し、花巻から東北本線に入って盛岡に着く。
盛岡で列車案内を見ていたら異変に気づいた。これから乗る予定の山田線の宮古行きが上米内行きになっている。そばに立っていた女性駅員に尋ねると、なんと山田線は不通になっていて宮古まで行かないのだという。バスで代行輸送を行なっているそうなので急いでバス乗り場に向かうが、バスは民間の路線バス、東北本線との接続など省みられるはずもなく、少し前に発車したばかりだった。次の便に乗ると宮古に着くのは14時頃になってしまう。
結局、予定を変更して北三陸は諦めて、東北の内陸部に行くことにした。私が「宮古で食べた寿司は自分が今まで食べた中で日本一の美味しさだった」とTさんに話していたので残念ではあるが、近いうちにまた来ようと話す。
快速で通ってきた東北本線を戻り、一日目に途中下車して鯉にえさをやった小牛田に着いた。ここから陸羽東線(りくうとうせん)に乗り換える。天気は宮城県に入って晴れてきた。昼食をとりたいが接続が良すぎて時間がない。
ササニシキの広い田んぼから雪を載せた山々に風景が変わる頃、鳴子温泉に到着。駅からの緩い坂を行くと木造の共同浴場がある。鳴子温泉は千年以上の歴史があるので古湯がよく似合う。入湯料150円。白い湯と硫黄の匂いが風情たっぷりな温泉だった。
駅までの帰り道、商店の並ぶ道に和菓子屋を見つけたので、車中で食べる用に栗だんごと、駅の足湯に浸かりながら食べる用に温泉まんじゅうを買う。列車の時間まで足湯でのんびり過ごした。
釜石から釜石線に乗る。列車は深い山間に入っていく。仙人峠という山深いところを走るローカル線なので車窓も相当に山らしい眺めである。陸中大橋駅の付近ではヘアピンカーブで山を登り、山の中の上有住駅は日の暮れた青い光の中でひっそりと佇んでいた。こういう駅で降りてみたい気もするが、今の季節と時間帯では、それは現実的な話ではない。
遠野駅に着いた。小ぶりながらも重厚な洋風の駅舎で、何かの博物館を思わせるデザインだ。今夜は遠野に泊まる。
遠野と言えば民話の里。宿泊先のホテルは18時から語り部さんによるライブのある宿である。17時過ぎにチェックインした私達は少し休んだあと、ライブが行なわれているフロアに行く。正月三が日後の平日ということもあってか宿泊客が少なく、観客は私達だけだった。囲炉裏の置かれた和室で、着物を着た語り部さんが待っていた。
語り部さんから「河童」や「オシラサマ」の話などを聞く。遠野の人達がそういったいわば妖怪たちと共存して暮らしてきたことを、人生の教訓的な内容に絡めた物語にして表現している。30分のお話を聞いたあと、雑談をしたりしてお礼を言って部屋を出る。あとでホテル内のお土産コーナーで遠野物語の本を購入したことは言うまでもない。
さて、夜の遠野の町に出る。駅の近くに飲み屋が固まっている。私の今までの経験上でも、このくらいの規模の町はいい店に巡りあえることが多い。Tさんが目星をつけていた店を訪ねると席が埋まっている。新年会の時期なのだろう。店員さんによると、もうすぐ一組お会計なので少し待っていただけたらとの事なので、少しまわりを散歩してくることにした。裏通りに入ると、昔の歓楽街の雰囲気の残る通り。思わず持ってきていたカメラで写真を撮る私達。そして、駅の近くによさ気な店を発見し、二軒目候補にした。今夜は時間があるのでハシゴ酒の予定である。
席が空いたので、お目当ての店に入る。店員さんが爽やかに迎えいれてくれた。店内は地元の人達で大いに賑わっていて、美味しそうな匂いに満ちている。メニューを見ると遠野ビールという地ビールがある。店員さん曰く、エールとバイツェンがあるので両方頼んで二人で飲み比べる。バイツェンというと岩手の銀河高原ビールを思い出すが、こちらも麦の香りがよくコクのある旨さ。エールもすっきりしつつ麦の後味が心地よい旨さ。ささみに明太子をあえたお通しと合わせて早くも感激モードである。
続いて頼んだマツモ酢、自家製豆腐、塩うにが出てくる。マツモのとろっとした風味、豆腐のうまみと歯応えのよさ、塩うにに漂う品のある磯の香り。いずれも旨い!こうなってくると地酒がほしくなってくる。「遠野夢街道」というロマンチックな名前の酒を二合瓶で二本注文。甘くてすっきりした飲み口。名前によく似合うその味に喜び肩を叩き合う私達。
「うまい!うまい!」を連発してご機嫌な私達に店員さんが「差し入れです」と店で漬けているという白カブと赤カブの漬物盛り合わせを出してくださった。綺麗な赤色だが勿論天然だそうである。これまた美味い!カブで日本酒がすすむのは初めての体験。
そろそろ時間的に締めの一品という頃、Tさんの隣のお客さんが「この店のコロッケは本当に美味いな」と絶賛していたのを聞き、我々も注文。油がいいのか、揚げ方が上手いのか、食べやすい上にとても美味い。これはまた遠野ビールが飲みたくなる味だが、ぐっとこらえ、店員さんにお礼を言いながら退店。
さて、先ほど発見した二軒目に行く。カウンターだけの小さな店だが、こういう造りの店は大好きである。入ると夫婦がやっていた。
カウンターの奥に座り、遠野名物のどぶろくを注文。白い風体に合い、甘くしゅわっとした飲み口だ。串を店名に掲げている店なので焼き鳥を頼むことにする。レバー、ハツ、タン、砂肝、白ハツ、ネギ、歯応えよく味もじわじわくる美味しさ。店の構えで感じた「良い店」の勘はまたしても当たりであった。
サラダにと頼んだキャベツが、どぶろくの味によく合う。味噌をつけて一枚一枚取りながら食べていく。どぶろくは魚介類も合いそうに思えたところ、メニューの中からホヤ酢を見つけ、ししとうの串と一緒に注文。シャーベット状の氷と一緒に盛られたホヤがこれまた旨い。ししとうの苦味が雪の夜の酒とよく合う。
奥さんと少し遠野の話をしたりしてお会計。驚くほど安いお値段であった。店の壁にたくさん並んだキープボトルの数が、この店の味を証明していたと思えた。
すっかりお腹いっぱいになった私達は、小雪まじりの寒い道を歩く。ホテルは小川を渡ったことろにある。静かなせせらぎが心地良い遠野の夜であった。