後世になんと言われるのか分からないけれども、とりあえず今回の事件を「和歌山爆弾テロ事件」と呼ぶことにする。
いろいろと考えてみたが、意外にも今回の事件をいろんな問題をはらんでいるようなので、哲学系ユーチューバーになったつもりで公開してみることにしました。
事件直後に、政治家やマスコミが、「民主主義に対するうんたらかたら~・・・」と言っているが、これは本当にそうなのでしょうか。
その1 承認欲求型模倣犯の可能性
犯人は、24才の若者で、見た目も悪くないし、その辺にいるただの若者に見える。
今のところ声明文もなんもないし、普段から政治活動をしていた気配も感じられない。
ただし、人生に成功していたり、何かに取り組んでいる様子も感じられない。
と、すると、今回の犯人像としては、大した仕事もなく、低収入で、あまり日の目をみていない若者像だと、なんとなく想像できる。
ありていに言うと、普段から閉塞感に悩まされている若者が、
「ちくしょー見てろよ、俺も奈良の事件みたいに、一発ぶちあげてやって、見返してやるぜ。」
と、いったものであろう。
余りにも短絡的なので、世間知らずのバカ者か、発達障害の可能性もある。
何度か書いて来たけれども、京都アニメーションの放火犯や、大阪の診療所の放火、私鉄(京急でしたっけ?)の放火事件と、ちょっと違うけど似たような動機である。
その2 「民主主義ガー」と叫ぶ人達
安倍元首相の殺人事件もそうであったが、瞬間的に「民主主義ガー」と、すぐに反応してしまう人達のなんと多いことか。
ほぼ全ての政治家、マスコミ、コメンテーターが言っている。
その1で書いた通り、犯人はイデオロギーへの対抗処置として犯行に至ったのではなく、むしろ極めて個人的な動機に基づいている。
パリは年金が払えない、金よこせだのと絶賛暴動中でもあるが、民主主義がどうのこうのという問題ではなく、財政の問題である。
それでも「民主主義ガー」と言っている人がいる。
事件や事象の原因も分からずに、瞬間的に叫んでしまう行為は短絡的で、とても危険である。
とくに情報発信をしているマスコミや政治家が、間違ったメッセージを発信してしまうと、あらぬ方向に世論が動いてしまう。
本当にずる賢い人達は、黙ってこういう機会を悪用しようとする。
だから、安っぽい正義感を振り回すのは愚者のやることである。
朝日新聞系なんかがよくやってましたが・・・
その3 威光を借りる選挙活動
選挙となると、当然のように地方遊説しているが、これは政治活動として間違っているのではないかと思う。
本来であれば、立候補している人は、自身の政治信念や理念に基づいて有権者に理解を求めるべきである。
しかし、わざわざ党首や大物政治家を呼びつけて、「ほ~ら、僕にはこんなバックがついているんですよ皆さん。」「へえ~、岸田首相が来てくれる議員なんだ、凄いなぁ~。」といったやり取りが、どこでも繰り返されているわけである。
こには、理念も理想も政治方針ない。
これが民主主義?権威主義の間違いではないのか?
これでは暴力団のやり方となんら変わりない。
しかも、そんなことより、現役首相として解決するべき問題が他にあるでしょう。
これを「機会の損失」と言います。
しかし、それが当然のように、日本全国、どの政治家も支援団体もおこなっている。
山口県の選挙区では、わざわざ家系図を見せびらかして、岸元首相の遠い親戚をアピールしている立候補者がいるそうだ。
地元の人達も、それが凄いことだと思っているのだから、もう救いようがない。
地方が衰退するのも、やむを得ないんじゃないでしょうか・・・。
その4 無謀な取り押さえと警備体制
最初に爆弾犯を隣にいた地元民が取り押さえて、続いて警護員が数人で押さえていたが、これってかなり危険な行為なんじゃないでしょうか。
もし、犯人がもう一つ爆弾を持っていて、自爆したら、取り押さえた人ごと吹っ飛んでしまいます。
きっとアメリカのような暴力事件が多発している国であれば、銃で威嚇して、その場で俯せるように警告するか、その場で射殺するでしょう。
ほかにもツッコミどころはあるのですが、その辺はテレビでさんざんやっているので割愛します。
その5 日本社会の底辺層が抱えている問題を解決できない。
「無敵の人」たちが繰り出す、社会に対する反抗を防げない。
言ってみれば、特殊詐欺事件も闇バイトも、パパ活も、東横も社会での行き場を無くして収入を絶たれた人達である。
格差社会と言われるが、こうした底辺層との断絶が続いていて、今回の事件が起きても、テレビのコメンテーターも政治家も気が付いていない。
最近、会社の若者と接していて思うのは、とんでもないバカと、とても賢い若者が存在していることである。
随分と長い間、高所得者層、中間層は、こうした闇を見てみぬふりをしているが、やはりこうした問題を地域で解決していかなければ、いつまでたっても事件は置き続けるだろう。
その6 「殺せ」と叫ぶ人たち
犯行直後、観衆のなかに、「(犯人を)殺せ、殺せ!」と言っている人達の声が拾われている。
暴力に対して、暴力で応酬するべきだと思っている人達である。
短絡的で、非常に危険だ。
まさに暴力の応酬の始まりであり、もしこれがエスカレートすると大変なことになる。
こうしたことを発信してくれるマスコミはいない。
きっと、そんなこと言ったって、視聴率を稼げないと、広告主に忖度しているのだろう。
僕は、アメリカでは世界恐慌が始まるかもしれないと言われ始めたのに、この国は大丈夫なんだろうかと傍観している。