昨日書いたブログは、わが人生で起きた最大の「悲しい事件」で、バーさんが大学に入学したときから、長年引きずって、その事件とともに延々と人生を歩いてきたのですが、この年齢(77)になって、悲しい話だけど、やっぱり、ちゃんと書き留めておきたいと思ったからです。書かないと、バーさんがおっちんだら、なかったことになるのがいやだと思ったからです。
で、バーさんは、大学2年生くらいで、わが夫と知り合った工学部にも顔を出すようになり、きのう書いた「悲しい事件」のことを、よく話したりしてました。まだ、「悲しい事件」からそんなに時間がたってなかったので、バーさん自身が自分の心にだけとどめておくことができなかったからです。
のちに夫となった彼は、静岡県の三島の人間で、修善寺のこともよく知っていたことから、「亡くなった旅館」など、いろいろなことを聞いたりしてたわけです。
なので、わが夫は、「我々が一緒になれたのは、彼のおかげだ~」 なんていってたこともあります。 まあ、まだ新婚のころのはなしですが、死んだ彼は男女を結びつけるキューピットにもなったのかもです。
まあ、新婚のころだけの話ですけどね。