ずっと後になれば、昨日のこともしみじみと懐かしく思える日がくるかもしれないので、忘れてしまわないように、バーさんなりに、きのうの1日、順を追って記しておきたいわけ~。
♦ 前日のお通夜には、長男が仕事帰りに最寄り駅のJR相模原駅(北口)から斎場に向かおうとしたのですが、雨だったり、コロナで営業してないタクシーも多かったのか、タクシーが捕まえれず、30分歩いて、雨の中、
汗だくと雨だくで、ちょと遅刻して到着。
「あの人、なに?」 みたいな感じにみられたようです。 亡くなった会社の上司や同僚がすごくいっぱい来てたらしいです。
幸いに、帰りは、わが姉(ねーちゃん)の長男(都内住)に駅まで送ってもらえてよかったです。 その間、いとこ同士で、しみじみと故人のことを語り合ったそうです。わが長男は、告別式は、福岡あたりで自分が主催する企業の会合だか何だかがあるので欠席でした。
♦ 7月6日 告別式、バーさん、予定通りのバスで三島駅、切符は前日買ったので、調子こいて 特急券だけ入れて改札抜けようとして、バシッと止められたけど、なんか、改札のお兄ちゃんが、ものすごく親切で優しくて、
ニコニコしてたので、思わず、ありがとう~、って言ってしまった。
早朝で駅員さん、暇だっただけか…。
♦ で、バーさん、なんでも、ギリギリが苦手なので、余裕をもって新幹線を選んでたんで、前の新幹線に余裕で乗れてしまった。
↓ 新幹線、ガラスキ 前の若い人の頭を、ふふ~ん、今どきの若者は
頭が、つんつんしてるんだ~、とか、思った。
しかし、なんと、きのう撮った写真はなんと、この1枚だけでした。
♦ あっという間に新横について、横浜線方面に行ったら、学生さんのラッシュ時間だったのか、降りるまで混雑でした。
で、当然、下車駅の相模原駅には随分早くついてしまって、しょうがねえ、改札の外で待ち合わせた2男(前日、相模原駅の東横インで宿泊)を待とうと思ったら、後ろから2男に声かけられた。
バーさんはきっと、予定より前の新幹線に乗ってくるに違いない、と。読んでいたらしいです。見透かされていたバーさんの行動形態
♦ で、駅北口ではタクシーは拾いにくいことをこの段階では知らない我ら、北口にはタクシーが1台もないので、息子が複数のタクシー会社に何回か電話して、やっと出た人に南口に行ってみて、といわれたそう。
で、荷物とバーさんは北口で待ってって、息子だけが踏切通って南口に行ったんだけど、開かずの踏切で、時間がかかった。 でも、2人とも時間有り余ってるので、その辺は余裕
で、1人で待ってると、知らない女性に声かけられた(と思った)。マスクして
ショートカットの若い女性は、どこのどいつか、区別つかんわ! ねーちゃんの次女のメイだったわ。 横に、義兄もいましたわー-!
そうこうしてるうちに、息子がタクシーに乗って北口に来たので、4人で
乗って、斎場に向かったというわけです。で、義兄がブルジョア爺なので
払ってくれまして、まあ、そういうわけで、バーさんが予定より前の新幹線に乗れたのは、無駄ではなかったのかもです。
♦ 告別式も、勤め先の人がたくさんで、親類よりずっと多い感じでした。
亡くなった甥ですが、生前しげしげと見たことはなかったですが、いつの間にか、よきお父さんになっていて、静かに眠ってる感じでした。
喪主の奥さんは、赤ちゃんが式場で歩き回らないように抑えるのに必死でしたが、悲しみに耐えるという意味では、赤ちゃんの行動は役に立ったのかもです。でも、大変そうだったけど。
♦ 出棺で会社関係の人へのご挨拶は、喪主の奥さんは子供のお世話などがあって、できないので、バーさんの弟が代わってしたのですが、マスクしてるし、泣き声だし、いや、なんか、つらいものがありました。
義妹も、静かにしてましたが、わが子をなくしてかわいそうなことでした。
慰めようもありませんでした。
♦ そのあとはお骨にする建物の方に移り、弟の家族とは別のテーブルで
精進料理をいただきました。 義兄とメイとわが次男の4人でいろいろ話してました。で、今回、姉(ねーちゃん)は、腰の骨にひびが入ったのと、足腰が弱ってしまったので、欠席。 とても残念でしたが、4月にコロナ以後久々に会えてたので、ぜいたくはいえません。我慢我慢
4月に会ったあと転んで、歩けなくなってしまったのです。
義兄も4歳くらいで、従軍記者の父親(T大出のエリートなんだそうです~)-)に死なれて、母親と義兄と妹が残され、そのあと敗戦で、苦労したそうです。ふと…、しみじみと義兄が語ってました。 ちょうど、亡くなった甥の子供とダブるような年齢だったようです。
♦ 帰りは、2男とタクシーで相模原から町田まで行き、息子はちょうどあった小田急ロマンスカーで新宿、バーさんは反対方向の急行で小田原に出て帰りました。息子は東京に出て、北陸新幹線で帰路につきました。
スーツケースとか、斎場でも息子が全部運んでくれてたので、助かりました(斎場はなんやかんや移動が多いですね)。
♦ 小田原からはいつものJR 根府川から見る海が青空に映えてきれいでした。三島駅の下りたホームにはエスカレーターがないし、エレベーターに
乗るまでもないので、スーツケースを手に持って階段を下ろうとしたら、うしろから、「手伝いますか」 と、若い女性に声かけられました。こういうことで
声かけられたのは生まれて初めて。
でも、その女性、すごく困ったような顔をしてたんです。たとえていうなら、私も非力だけど、この場合、手伝わないといけないんじゃないかと、って
声かけました、というような感じ。
でも、スーツケース軽いし、小ぶりだし、無問題だったんので、なんと、
逆に、バーさんがその女性を安心させなくちゃならないような気分になりました。「大丈夫ですよ。でも、ありがとうね! 」と大きな声をだしました。
朝の駅員さんにも朝ありがとうって言ったし、帰りも、ありがとうって言ったしそういう意味では、悪くはない日だったです。
♦ 出棺の前、花で飾るとき、亡くなった甥のほっぺにほんの一瞬触れました。 冷たかったけど、柔らかい感じでした。 性格もすごく優しく、柔和な甥でした。 ちなみに、我が家の息子2匹は、それなりに、怒ったりします。
なんせ、時々、アラぶって怒ってた おっさんの子なんで。
えっ? 今だれか、なんか言った? アラぶるのは、バーさんもおんなじだろ!って、だれか、言った?
