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最初に言っておきます。
大傑作。
公開初日に映画館で観た時に、50年間はベイマックスを超える作品は出ないだろうと思った。
それほどの衝撃を受けた。
では何故ベイマックスがそこまですぐれた作品たり得たのか。
「ベイマックスの最後の台詞の本当の意味は」
「タダシの叶えたかった3つの願いとは」
この2つを主軸として、批評していこうと思う。
ただ、かなり高レベルな脚本なので理解するのがなかなかに難しい。
なので、まずはディズニーがなぜここまで傑作を量産できるかの秘密から解説しようと思う。
実はディズニーの映画の脚本には、絶対に傑作になるゴールデン方程式が存在する。
この方程式に当てはまるタイトルは全部大傑作だ。
その方程式とは、
「主人公が改心する事で、誰かが報われる話。かつ、主人公と悪役が同じ境遇」
である。
たとえば、シュガーラッシュはラルフが改心し悪役である自分を受け入れる事でペネロペが報われる。そして自分の境遇に満足できずにターボするという点で悪役と境遇が同じである。
アナ雪は、愛する事を求めるアナが改心し自ら愛する道を選択する事でエルサが報われる。そして愛されて来なかったという点で悪役と境遇が同じである。
ズートピアは、ジュディが自分の差別心に気付き改心する事でニックが報われる。そして同一の対象への憎しみに囚われている点で悪役と同じである。
そして今回のベイマックスは、ヒロが自分の力を正しく使うように改心する事でタダシが報われる。そして家族を失った悲しみから自分の才能を復讐のために使おうとする点が悪役と共通している。
このように、ゴールデン方程式に当てはまる作品は全て傑作だ。
それでは、何故この方程式を使えば傑作になるのか。
ハッピーエンドには大きく分けて2つある。
「誰かが報われる話」
と、
「誰かが改心する話」
だ。
細かく分ければもっとたくさんあるが、ほとんどはこの2つに分類できる。
そして報われる話の主体は弱い人間になる事が多く、改心する話の主体は強い人間である事が多い。
前者は、イジメられっ子が最後何かを成し遂げ祝福される話だったり。
後者は、傲慢な金持ちが人のために生きるように変わっていく話等だ。
そして日本だとかなりの割合で弱い人間が報われる物語が多いが、アメリカだと強い人間が改心する物語が多い。
たとえばベイマックスと同じマーベルを例に出すと、アイアンマン、マイティソー、ドクターストレンジも強者が改心する話だ。
人を傷つける武器を売って儲ける金持ち。
自分が偉いと思っている王様。
病人を助ける事よりも自らの成功が優先な医者。
これらの者が改心し、人のために行動するヒーローへと変わる。
これで勘の良い人は分かっただろう。
なぜ前述したディズニーのゴールデン方程式が使われた作品は傑作になるのか。
それは、弱い人間が報われる話と強い人間が改心する話。
この2つのハッピーエンドの類型を同時に描けるからだ。
そして敵を主人公と境遇を同じにする事で「勝った」事のロジックがより強固になるのだ。
たとえば、さげすまれて生きてきたからこそ復讐する道を選んだ悪役に対して、蔑まれて生きてきたからこそ蔑まれている人を守る側になったヒーローが勝つと説得力が出る。
同じ境遇でありながら、悪役と違って主人公は正しい道を選んだから勝てたという比較ができるからだ。
それでは、これらを踏まえてこのベイマックスの物語を早速批評して行こうと思うが、ベイマックスの物語を端的に表すならこうである。
天才が改心する事で、凡人が報われる話。
しかも、
3人の天才と、1人の凡人の物語だ。
幼い頃は俺もウルトラマンになりたかった。
自分だけが持っているスーパーパワーを使って、困っている人を助けて称賛されたかった。
でも気づく日が、ある時突然やってくる。
ヒーローなんてこの世にいない。
だって、スーパーパワーがこの世界に存在しない以上、悪を倒すヒーローなんてこの世界で存在できる訳がない。
と、思っていた。
ベイマックスを観るまでは。
実はこの映画は単なるヒーロー映画として観ていては真に理解する事はできない。
ヒロが最初にタダシの通う大学を訪れた時にキャラハン教授がこんな事を言う。
「ロボットファイターなんだってな。勝つのは簡単だろう。ただその程度で満足してるようでは私が教える事は無い」
このキャラハンのセリフが意味する事はこうである。
「この映画では、バトルに勝っただけじゃ本当の勝ちにならないよ」
普通、ヒーロー映画は悪役を倒す事が一番の目的としてストーリーが展開される。
しかしこのベイマックスではバトルに勝つ事は目的として設定されていない。
それではこの映画の一番の目的はなにか。
タダシが亡くなった後にベイマックスがヒロの痛み悲しみを癒そうとするが、ヒロはこう返す。
「これは心の痛みだからキミには治せないと思うよ」
死んだ人は胸の中で生き続ける。
そう言って励ます事はよくあるが、
頭の良いヒロはそれがただの気休めにすぎない事をよく知っている。
だからタダシが生き返らない以上ヒロの悲しみが癒される事は無く、ケアしてもらった人が最後に言う台詞、
「ベイマックスもう大丈夫だよ」
とヒロが言う事は、今後決して無い。
残念だが、ここがこの物語のスタートラインなのである。
先ほどこの映画はバトルで勝つのが目的では無いと言ったが、そう。
『ベイマックスはヒロの心の痛みを癒せるのか』
その証としてヒロが「ベイマックスもう大丈夫だよ」と言える日は来るのか。
それこそがこの映画の真の目的なのだ。
タダシの死によるヒロの心の痛みを癒やすという、一見不可能なこの目的をベイマックスは達成する事はできるのだろうか。
生前、タダシには3つの願いがあった。
1つ目。ベイマックスがたくさんの人々を救って欲しい。
2つ目。ヒロが賢い頭を正しい方向に使って欲しい。
3つ目。キャラハン教授を救いたかった。
しかしこの3つの願いが叶うという希望は、物語が進むにつれてどんどん打ち砕かれていく。
注意深く見ていると、ベイマックスとヒロの間に齟齬が生じている事に気付く。
マスクの男を探す事になり、次々とベイマックスを改造していくヒロ。
この時、ヒロはベイマックスとグータッチをする。
これはヒロとタダシが嬉しい事があってお互いに喜んでいる時に行っていたもの。
それを今度はヒロとベイマックスで行ったのだ。
先に説明しておくが、実はベイマックスの体はタダシ肉体のメタファーである。
ついでに全部説明しておくと、ベイマックスの体に入るタダシのチップはタダシの優しさを表していて、ベイマックスを改造する際にヒロが入れたチップはヒロの賢い頭を表している。これが物語後半で非常に重要になるので覚えておいてもらいたい。
なのでそのタダシの肉体のメタファーであるベイマックスと共に今までタダシとしてきてた事をする事でヒロの悲しみは少し和らいでいく。
と、ベイマックスは勘違いしていたのだ。
ベイマックスに乗ってサンフランソーキョーを駆け回るヒロ。
この映画の中で一番疾走感を感じる気持ちの良いシーンだ。
その中で、ビルに映ったベイマックスの背に乗っている自分を見つめてヒロが微笑む瞬間がある。
これは物語冒頭、タダシのバイクの背に乗った自分が窓ガラスに映ってるのをヒロが見て微笑んでいた事等を思い出して郷愁に浸っているのだ。
こうしてヒロはベイマックスと共にタダシとの思い出を再現する事で、タダシが亡くなった悲しい気持ちから立ち直れる、、、はずだった。
鯉のぼりの上で夕焼けを見ながら、気持ちが落ち着きましたか?
とベイマックスに聞かれてヒロは即座にそれを否定する。
タダシとの思い出をいくらベイマックスと重ねても、ヒロの悲しみは決して癒える事は無かったのだ。
やはりヒロの悲しみを癒やすためには仮面の男への復讐を遂げる他ない。
そして仮面の男を探していくヒロは、遂にある言葉を発する事になってしまうのだ…
最初にヒロがボットファイトをしていた時、一度負けたフリをするが二度目の戦いで本気を出す時にメガボットに対してニヤリと笑いこんな命令を出す。
「やっつけろ」
これは子供向けアニメ等でよく使われる表現だ。
殴れ!とか、蹴ろ!だと教育に悪いので、やっつけろ!とマイルドな表現でボカすのだ。
仮面の男の行方を追い、正体を突き止めたヒロ。
その瞬間に、尊敬し憧れていた人が、復讐の対象へと変貌する。
怒りを抑えきれなくなったヒロは、ベイマックスに命令をする。
「やっつけろ」と。
すると子供向けにボカされていたこの言葉が、恐ろしい意味を帯びるのだ。
「殺せ」、、、と。
ここで思い出して欲しい。
タダシの3つの願いが何だったかを。
もしここでヒロがキャラハンを殺してしまっていたら、その3つの願いはどうなっていたのか。
賢い頭を誤った方向に使ったヒロが、人々を救うはずのベイマックスを兵器として、タダシが命を投げ出してまで助けようとしたキャラハンの命を奪ってしまう。
タダシの3つの願いが、全て一気に崩れ去ってしまうのだ。
そして、二度と叶う事は無い。
ヒロは人殺しになり、ゴーゴーをはじめとする仲間達やキャスおばさんはタダシの死に追い打ちをかけるように悲しみ苦しむ事になっていただろう。
もしゴーゴー達が必死に止めてくれていなかったら、本当にそんな悲惨な未来になっていた。
ヒーロー。そのアイデンティティは正義だ。
正義のヒーローになれるはずのヒロが、人々を救えるはずだったヒロが、人殺しという決して許されない過ちを犯し立派なヴィランになる寸前まで行ってしまったのだ…。
賢い頭を持って生まれて来たのに…。
天才だったのに…。
そんな落ちる所まで落ちてしまったヒロに、ベイマックスが一つの動画を見せてくれる。
タダシがベイマックスを作りあげるまでの動画だ。
タダシは失敗する。また失敗する。またまた失敗。そしてまた失敗だ。
もう無理なんじゃないか…。
そんな時にタダシが画面の向こうから正面を見つめ、こんな事を呟く。
「l`m not giving up on you」
直訳で、
「俺はお前の事を、まだ諦めてないからな」
という意味だ。
この言葉は実は劇中既に1回登場している。
ヒロは大学に入るために自分の発明を発表する必要があった。
天才のヒロならそんな発明すぐに思いつく。
はずだった。
しかし全くアイデアが出てこないヒロ。
しまいには自暴自棄になって自分を責め始める。
もうダメだ。もうおしまいだ…
そんなヒロに対してタダシは、
「おいヒロ、俺はまだお前の事を諦めてないからな」
と励ます。
そしてもう一言アドバイス。
「見方を変えてみるんだ」
挫けそうになったヒロは、このタダシの励ましによりもう一度立ち上がる事を決意し、マイクロボットを発明するのだ。
研究発表が無事に上手く終わり大学に入れる事になったヒロは、少し照れくさそうにタダシにお礼を言う。
「俺の事を諦めないでいてくれてありがとう」
しかし次の瞬間、火事が起こる。
タダシは亡くなり、そして復讐心に身を焼かれたヒロは、また道を踏み外してしまい、どうして良いか分からなくなってしまう。
研究発表のアイデアが出なかった時の挫折なんかとは訳が違う。
絶望的な堕落。
ふと自分を見てみると、賢い頭を復讐のためにだけ使う人間になってしまっていた。
たくさんの人を助けるために作られたはずのベイマックスも、気がつけば戦闘兵器に変わり果てていた。
もうダメだ。もうおしまいだ…。
そんなヒロに、タダシが画面越しに語りかける。
まるで本当にヒロに向かって言っているかのように。
「俺はまだお前の事を諦めてないからな」
この映画はかなりストイックだ。
死んだ人間が夢に出てきたり、幻で現れて何か励ましの言葉をくれたりなんかしない。
その代わりにベイマックスが見せてくれた動画を通して、もう一度タダシが励ましてくれるのだ。
こんな姿になってしまったヒロに、
まだお前の事を諦めていない。。。きっとたくさんの人を救うんだ。。信じてるからな。
そう言ってくれたのだ。
そして、
闇に落ちかけていたヒロは、タダシに励まされ、再び決意するのだ。
もう一度立ち上がる事を。
今の時代、動画の価値は何で決まるか。
それは再生数と視聴者数である。
だがベイマックスが見せてくれた動画の再生回数は1回、視聴者は1人である。
でもその1回の再生は、その1人の視聴者には、その動画の趣旨がこれ以上なく届いた。
動画を見終わったヒロは小さく呟く。
「俺はタダシみたいになれないや…」
天才が凡人に膝をついた瞬間である。
今のヒロの姿をタダシが見ていたらどれだけ悲しんでいたか。
でも、
何度失敗して落ち込んでも、最後には完成したベイマックスを見て狂ったように喜び踊ったタダシ。
過ちを犯したヒロだが、その賢い頭を今度こそ人々を助けるために使う時が来たら、きっとタダシは同じように喜び踊ってくれる。
ありがとうベイマックス。キミがいてくれてよかった。
そして誤った道を進もうとした時は全力で止めてくれ、諭してくれる仲間達もいる。
そんな頼もしい仲間達と誓うのだ。
キャラハン教授を止めよう。
今度こそ、正しい方法で。
改心したヒロの説得は、いわゆる正義のヒーロー。
の、それとは違っていた。
キャラハンはヒロにとって、殺したいほど憎んでいた相手だった。
絶対に許せない。
でも、
見方を変えた時、ある事に気づく。
キャラハンは自分と同じだったのだ。
家族を失った悲しみをどうする事もできず、憎むべき相手に復讐する事でしか心を満たせない。
だからヒロは、
「気持ちはよく分かるよ。でも娘さんが復讐を望んでいると思う?。だからお願い、、、やめて」
恵まれた環境でぬくぬく育ったヒーローが上から目線で、
「悪事はやめろ、成敗してやる!」
と説教かましてビームを撃って爆散させて正義執行完了。
、、ではないのだ。
裁くんじゃない。ヒーローが同じ立場からヴィランに共感を示し、やめてと懇願する。
ヒロが暴走した時は止めてくれる仲間がいた。
だから今度はヒロが、暴走しているキャラハンを止める道を選択した。
タダシが復讐を望んでいるのでしょうか?
と、ヒロもベイマックスに同じように諭され改心した。
それと同じ言葉を用いて、今度はヒロがキャラハンを諭したのだ。
これにはキャラハンの心にも大分届いていた。もう少しでキャラハンを思いとどまらせる事ができていたかもしれない。
クレイが余計な一言を挟まなければ…。
復讐を開始するキャラハン。
キャラハンに対してビッグヒーロー6は一度敗北を喫した。
でももう心配いらない。
だってヒロが、やっと、その賢い頭を正しい方向に使い始めたのだから!
ベイマックスの空手と仲間の力でマイクロボットを無力化されたキャラハン。
そこに拳を振り上げるベイマックス。
……と、その手が止まる。
人は殴れないようになっている。
一度は自ら捨ててしまったタダシのチップ。
その優しさを胸にヒロは今回の最終決戦の場で、キャラハンと対峙していたのだ。
ヴィランとの戦いにおいて、相手を殴れない状態で戦いに挑んだ。
そこまでのハンデを背負ってでも、タダシと一緒に戦うと決めたのだ。
崩れ落ちるポータル。その中に生命反応。
そしてベイマックスが異次元空間の中にキャラハンの娘がいると分かった時に、ヒロは選択を迫られる。
1人の女性を助けられるかもしれない。
でもそれは、一度死ぬほど憎んだ相手の娘だ。
だがヒロは迷わず助けに飛び込んで行こうとする。
ポータルが不安定だから危険だぞ。
と、クレイに止められるが、
ヒロは小さく呟く。
「誰かが助けに行かなくちゃ」
この台詞を覚えているだろうか。
大学に取り残されたキャラハンを助けるために飛び込んでいくタダシ。
その直前にヒロに向かって小さく呟くのだ。
「誰かが助けに行かなくちゃ」
誰かが、という時にまっさきに自分が飛び込んで行くのがタダシという人間だった。
そして今また、異次元空間の中に取り残されている人がいる。
それを知ったヒロは真っ先に飛び込んでいくのだ。
まるでタダシのように。
飛び込む直前、
行けるか?とヒロに聞かれ、
「私は空飛ぶケアロボットですよ?」と返すベイマックス。
「空手ができるケアロボットが必要ですか?」
「空を飛べるケアロボットが必要ですか?」
ヒロがバージョンアップを施す度に懐疑的だったベイマックス。
そんなベイマックスが、
「私は空を飛ぶケアロボットですよ?」と誇らしげに返すのがなんとも粋だ。
そして異次元空間の中へと飛び込んでいくヒロとベイマックス。
さきほどヒロはこんな弱音を吐いていた。
俺はタダシみたいにはなれないや。
そう言っていたヒロが、タダシと同じ台詞と共にタダシのように真っ先に異空間に飛び込んだ時、彼は真のヒーローになったのだ。
見つかったキャラハンの娘のアビゲイルは、ハイパースリープ状態だったためまだ生きていた。
アビゲイルが乗ったポッドを運ぶベイマックスをしっかりと誘導していくヒロ。
ヒロの初めての人助けだ。
人々を助けるために作られたベイマックスと共に、ヒロはこれからたくさんの人を助けていくだろう!
。。。一瞬の油断。。。
浮遊していた瓦礫の破片がヒロにぶつかりそうになり、それを庇うベイマックス。
その衝撃で装甲が剥がれ、エンジンも停止。もう飛ぶ事はできない。
異次元空間に取り残されてしまったヒロとベイマックス。
助かる方法はたった一つ。
ベイマックスのケアに満足した証として、ベイマックスもう大丈夫だよと発する事。
しかし従前、
タダシが亡くなった事による悲しみはキミには癒せないよと、ヒロは強く言ってきた。
しかもその言葉を発するって事はベイマックスともお別れするって事だ。
それだけはダメ。絶対にダメだ。
頑なに否定するヒロ。
そんなヒロにベイマックスは一言、小さく、優しく語りかける。
「ヒロ。私はあなたとずっと一緒にいます」
これを聞いたヒロはベイマックスの顔を意味深に見つめ、
次の瞬間に何かを理解し、ベイマックスと抱き合う。
ヒロはこの時何を感じ取ったのか。
重要なのはこのセリフが一人称であるという事だ。
劇中、ベイマックスがタダシを三人称で呼ぶ印象的なシーンがある。
ベイマックスが「Tadashi is here(タダシはここにいます)」と言うと、
ヒロが「タダシはもういない」
と即座に否定するシーンだ。
上記のやり取りは劇中3回繰り返される。
タダシはまだここにいるとベイマックスが言う度に、ヒロはそれを強く否定するのだ。
このベイマックスのセリフはどれも三人称である。
「タダシは」「タダシは」「タダシは」
そう言ってきたベイマックスが最後の最後にヒロに一人称でこう言う。
「Hiro, I will always be with you.」
そして、 この「I」には「Tadashi」が入る。
つまり、タダシの台詞になるのだ。
日本語だとタダシの一人称は「俺」でベイマックスは「私」で異なるため伝わらなくなってしまっているが、
英語だとタダシもベイマックスも一人称が「I」である。
死んだ人が胸の中でずっと生き続けるなんて気休めの嘘はやめてくれ…。
そう思っていたヒロに、
タダシが自ら、
俺はこれからもお前とずっと一緒にいるぜ。
そう言ってくれた。
そうヒロは受け取ったのだ。
認めたくなかった。
タダシがずっと胸の中で生き続けるなんて戯言。
そんなんで納得したくなかった。
この悲しみが、心の痛みが、そんな簡単に癒えるもんか。
……でも、
ベイマックスを人々を助けるロボットとして用いた時、こんな異次元空間に閉じ込められた人でさえも助ける事ができるようになれた。こんなに大きな力を発揮する事ができた。
ヒロの賢い頭を正しい方向に使った時、
タダシみたいにはなれないって言ってたヒロが、タダシみたいに助けを求めている人間の元に真っ先に飛び込んで行く人間になれた。
たくさんの人を助けたいというタダシの一番の願いをヒロが受け継げば、その願いはヒロの中でずっと生き続け、たくさんの人を救い続ける。
タダシの言葉を聞いて、
頭の良いヒロはそれが分かってしまった。
だからヒロは絶対に言いたくなかったこの言葉を口にするのだ。
「ベイマックス、もう大丈夫だよ」
ベイマックスが発射したロケットパンチに運ばれていくヒロとアビゲイル。
たくさんの人々を救うために作られたベイマックスも、見方を変えた時にただの復讐の道具になってしまった。
でもそんな兵器と化したベイマックスも、見方を変えた時にそのロケットパンチでさえも人を助ける道具に生まれ変わったのだ。
タダシとはさよならも言えずにお別れしてしまったヒロ。
だが、このベイマックスとのお別れはタダシとのお別れの意味もある。
タダシの肉体のメタファーでもあるベイマックスの体を最後にしっかり抱きしめ、別れを告げる。
そして、死後の世界を想起させるこの異次元空間の中へと消えていくベイマックスの体を、しっかりと見送るのだ。
タダシの肉体とお別れしたヒロ。
しかし、たくさんの人を助けたいというそのタダシの願い。
その優しさのメタファーでもあるチップだけは、しっかりと現世に持ち帰ってきた。
タダシの肉体は死んだけど、その優しさを受け継いだヒロがその賢い頭を用いて、ビッグヒーロー6としてこれからたくさんの人を助けていくだろう。
もちろん。
ベイマックスと共に。
全てが終わり、晴れて念願の大学生になったヒロ。
キャスおばさんに抱きしめられた後、今度はヒロの方から抱きしめる。
子育てに悩んでいたキャスおばさん。
子供達の事を全然理解できていないと悩んでいた。
子育て本をもっと読んでいれば良かったと後悔していた。
それでも子供達を何度も抱きしめて愛情を伝えてきた。
それが最後にヒロの方から抱きしめられる。
完璧な子育てではなかったかもしれない。
それでも、しっかりと愛情を注いで育てれば、
最後にその愛は返って来るのだ。
そして、まだ批評は終わりではない。
最後に1つだけ重要なものが残っている。
実はこの映画のストーリーは本編に留まらない。
エンドロールを観ると、クレイが本社を作り直してお披露目式を開いている。
その本社のビルの名前をよく見てほしい。
「タダシビルディング」と書かれている。
クレイの会社の本社名が、タダシの名を冠した物になっている。
これが意味する事とは、
あのクレイでさえも改心してタダシの意思を継いでくれたのだ!
そして残るはキャラハン教授である。
最初に説明したように、ヒロと出会った時にキャラハンは
「勝つだけなら簡単だろうな。だがその程度で満足しているようじゃ私に教わる事はない」
と言っていた。
キャラハンは悲しみに囚われるまでは、その賢い頭を用いて人々のため科学の発展に寄与して生きてきた人だ。
フランス語にノブレスオブリージュという言葉がある。
簡単に説明すると、「地位や能力や資産がある者は、社会の模範となる責任がある」という意味である。
インフラを整えて人々が生活をしやすくしたり、チャリティーを行って貧しい者を助けたり等である。
この精神はアメリカのセレブ達にも浸透しているので、チャリティーをしたり、病気の子供を訪問して元気づけたり等、精力的に活動しているセレブが多いのだ。
スパイダーマンにも「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という有名な言葉があるが、それもほぼ同義である。
つまり、キャラハンはこのノブレスオブリージュの精神を持った素晴らしい人間だったのだ。
だからこそ、その能力を自分の利益のためにしか使わないクレイを猛烈に批判していた。
でも結局はそのキャラハンも、自分の能力を復讐のためだけに使う人間へと堕ちてしまった…。
そんなキャラハンを止めてくれたのが、ヒロだった。
バトルで勝つだけで満足するようなら私に教わる必要はない。
そう豪語していたキャラハンに対して暴力は一切振るわずに復讐を止め、
なおかつ娘のアビゲイルを助けて、キャラハンの悲しみの根源までもケアしたのだ。
当初はキャラハンに復讐するためにその才能を使っていたヒロ。
だが最終的にはその自分の賢さに責任を持ち、キャラハンを助けるために用いたのだ。
真の意味で、キャラハンの完敗である。
ここでもう一度だけ振り返って欲しい。
もしヒロが、ベイマックスを用いてキャラハンを「やっつけて」しまっていたら…
タダシの願い3個は全部叶わずに、
タダシ、キャラハン、クレイ、3人の天才は全員道を間違えたまま終わっていた。
そうなっていたらその後アビゲイルを助けたとしても、今度はアビゲイルがヒロへの復讐の物語を始めていたかもしれない。
逆にキャラハンがクレイへの復讐を遂げてしまっていたら、アビゲイルは助かっても父親の罪で一生苦しむ事になっていただろう。
そんな2つの悲劇の未来からヒロは、キャラハンとアビゲイルを救ったのだ。
自分と娘を救ってくれた以上、キャラハンはしっかりと罪を償った後に再びその才能を人々のために使ってくれるはず。
もしヒロが困る事があれば、今度は全力でヒロを助けてくれるだろう。
なぜならキャラハンもきっと、タダシの意思を継いでくれるから。
そう強く信じている。
そしてクレイもタダシの意思を継いでくれた。
当然ヒロは誰よりもタダシの意思を継いでいる。
信じられるだろうか?
この3人の超絶天才が、1人の凡人の優しさを受け継いだのだ。
どれだけ大きな力になる事か。
いや、この3人の天才からもまた更に更に多くの人へとその優しさは波及し受け継がれていくだろう。
なんのスーパーパワーも持たない凡人のタダシの小さな優しさが、世界中で助けを求めてる人達をこれからたくさん救っていくのだ。
たくさん。きっとたくさんの。本当にたくさんの人達を。
もし、どんなにあなたが天才だとしても、その賢い頭を無意味なものに使い、まして人を傷つけるために使うならその力は何の意味もない。
でも、もしもただの凡人だったとしても、その力を誰かを助けるために用いるなら、、、あなたの力は決して弱くない。
この映画はそう言ってくれている。
だから、俺達の住んでいる世界にはスーパーパワーなんて存在しないけれど、
各々が持つその小さな力を正しい方向に用いた時、
俺達もいつかなれるかもしれない。
タダシのようなヒーローに。




















