こんな恋のかたち ~ハノイでの日々 -5ページ目

こんな恋のかたち ~ハノイでの日々

日本、イギリス、マレーシア、20年ぶりの日本、そしてべトナムと思いもよらぬ展開で人生に流されてきた僕がXuanと出会ったのは2011年3月だった。年の差、国籍の違い、不治の病に出生の秘密とこれからもいろいろと大変だ!

あと、10日でMizukiに会える。4ヶ月ぶりだあニコニコ

紅豆 ~こんな恋のかたち~-2009PS
<2009年10月KLのマンションにて>

日本に来てから2年。結局、彼女は来ることが無かったけれども、日本で働く経験をすることが出来たので、良かったと思うべーっだ!それに新しいネタ(内部統制、業務プロセス改革支援など)も仕入れることが出来たしにひひ

4月から二人でシンガポールで暮らせたら良いなあ音譜
人生の半分を海外で『外国人』として暮らした僕には、在日コリアンの人々の存在は、なんとなく気になる。実際には知り合いもいないし、唯一の知り合いは僕が小学生の時に遊んでくれた大学生のお兄さん、ユウ・オサムさんぐらいで、それも30年前の話である。オサムちゃんは赤いスポーツカーに乗っていた、イケメンの大学生だった。彼の彼女と一緒に、大学のラリーに連れて行ってくれたりしたのを覚えている。当時は在日という言葉の意味もよく分からなかった。

放送大学の科目で、『北東アジアの歴史と朝鮮半島』を履修したばかりなので、より朝鮮半島の人々との関係が気になっているのかもしれない。

ロンドンでも、クアラルンプールでも、在英或いは在馬のコリアンはいた。でも、あまり親交はなかった。僕自身、在英或いは在馬の日本人だったので、立場は似ていたのかもしれないとも思える。

だけど、在日コリアンは事情が違うのかもしれない。本国を離れて、外国に移住をしたことは同じであるが、その経緯、数において、違う様に思える。

歴史的な理由での在日は2代、3代ともう既に文化的には日本人と変わらないと想定出来る。だから、帰化をするのも自然なのかもしれない。でも、一部に差別などの問題があるとするならば、心の痛いことだ。問題なのは、『在日』と一言でのグループ化して起きるステレオタイプではなかろうか。

日本列島と朝鮮半島は、2000年の間に色々な交流、歴史を育んで来た。全体感を掴んで、理解しようと努力をすれば、分かり合えるはずなのに、残念ながら一部の歴史のみに焦点を合わせた結果の無理解あるいは無知識のせいで、双方に極端な意見を持つ人たちがいる様に思える。

どこの国でも、移民はいるし、その末裔がどう融合して行くかは永遠のテーマかもしれない。マレーシアの中国系(華僑)とインド系はやはり現地のマレー人とは文化的にも宗教的にも融合は難しいし、移民の国であるアメリカ合衆国でも、人種差別や人権問題は山積みである。

韓国と日本の関係が良くなっているのは、とても良いことだと思う。韓流ブームをきっかけに、相互の理解と協力が深まっていけばと思う。

古来、渡来人とした朝鮮半島から文明、文化を持ち込んだ人たちは、いつの間にか倭人になっていたハズである。遡れば、人類はアフリカに辿るという考え方もある。『人類皆兄弟』は真実かもしれない。

誕生日の一日前に、マキでお祝いをしました。


U-TUBE動画

http://www.youtube.com/watch?v=uWYicWwbl6s


この日は、高坂の駅まで迎に行き、ベビーカーを押して、駅の階段では持ち上げて、『運ぶのは大変だぁ』と実感しました。


先週と同じくマキで3,4時間遊んで、ケーキを食べて。楽しい週末でした。