こんな恋のかたち ~ハノイでの日々 -16ページ目

こんな恋のかたち ~ハノイでの日々

日本、イギリス、マレーシア、20年ぶりの日本、そしてべトナムと思いもよらぬ展開で人生に流されてきた僕がXuanと出会ったのは2011年3月だった。年の差、国籍の違い、不治の病に出生の秘密とこれからもいろいろと大変だ!

東京での生活を始めて、一年半になる。


住民登録をするのも20年ぶり。


今月の都民選挙は始めての選挙投票だった。


世の中も、どういうわけか20年ぶりが多いように思える。


これって何かの周期?


「地獄の様な」東京での生活を予想していたが、


ぜんぜん天国かも。


ある意味、外国人として英国やマレーシアに長期滞在するほうが


苦しい場面も多かった様な


日本での生活は安心・安定感を感じる、


時折国連UNHCRやWFPのフィールド活動や、海外青年協力隊(一応まだ、シニアではない)


の活動などで現場に行きたいと思うのは、


平和すぎな環境に慣れていないからかもしれない










このところ疲れが取れないショック!


午後からは軽い頭痛がして、帰宅してからは


中国語の講義を一つ聴くのがやっとだ


風邪?夏バテ?熱中症?


原因不明。。。


昨夜はウサギMizukiと連絡が取れずに、寝る前にいろいろと考えた


もし、彼女に何かあったら...


寝る前に考えてはいけないトピックだけど


結構あっさり、何も変わらないかなと結論


彼女は僕の心の中にずっと居るから



先ず、3週間ほど休みをもらって、マレーシアに行き


荷物とかを整理して、車を売却して


彼女の服とか縫いぐるみを持ち帰る?日本へ送る?


友人に預かってもらって、後からシンガポールなり、オーストラリアへ送る?


どうしようあせる


そもそも、シンガポールへ行くのもオーストラリアへ行くのも怪しくなってきた。


彼女がいないのなら、自分は一体どこで何をしたいのだろう?


彼女との予定どうりに生きるのもいい。


であれば、先ず荷物を友人に預けて、日本へ帰国。仕事に励む。


来年からシンガポールで生活して、住むところが決まったら、


マレーシアの荷物をシンガポールへ送って、


2012年ごろにオーストラリアへ移住。



マレーシアに戻って暮らすことも考えた。


彼女と暮らしたマンションで、


同じ車で...車10年も20年も修理をして買い換えないで、


でもなんだか、それだと時が止まったままの生活になりそうで... 


考えただけでも辛いかも。しょぼん


彼女の物や共有した物を後生大事にしたい気持ちもあるけれども、


それでは進歩ロケットが無い。彼女が僕に望む生き方ではない。と思う。



逆に僕に何かあったら?彼女はどうするのだろう。


困ってしまうだろうけど。


まあ、僕の生命保険金お金があるから当面の生活は大丈夫だろう。


それに、大学も出れたし、おまけに大学院にも行けたのだから、


問題なく生きていけると思う。


イギリスの学位が通用するところならば、


いろいろな国での就職も可能だし、


中国に戻って暮らすのも良いかもしれない。


と、半分寝ながら考えていると、携帯が鳴った


ウサギMizukiからだ。


「手術の後、寝ちゃって、今起きた。」


「痛いけど。大丈夫。」


とのことだ。


あと、二日ぐらい入院するらしい。

今朝一時ごろに青島にいるウサギMizukiから電話があった


「今日は検査で疲れていて、電話しないで寝ちゃってた、ゴメン。」


それから7時間後、また電話があり


「これから病院に行く。ちょっと緊張してる。」とようやく本音を漏らした



わんわんは何時からかあまり心配をしないようになった



いや、実は深層心理の深いところでは心配していても



あまり意識をしていないのかもしれない



なるようになる!?としか思えないのである



心配をするよりは行動をしていたい



そんな感じかな



現実問題、目の前には仕事があり、平日はほぼ一日を拘束され、



通信とはいえ大学の勉強もあるので(特に試験前は)、



時間が限られているのである。



彼女と共に生きていく為に、自分がやるべきことをする



行動あるのみ、知行合一ビックリマーク