2006年のバレンタインデーにカードとネックレスを贈って、
ひと仕事したような気分であったが、そこからは進展がない
YesともNoとも反応が...
それでも、彼女のバイトの後に一緒に食事に行ったり、映画を見に行ったり
その内に、ほぼ毎日カーブ(Mizukiのバイト先)から彼女の住んでいるマンションへ
車で送ったりとデートっぽいことはしてたかなあ
学校への送り迎えもするようにもなり、
さすがに30キロ離れたところからは厳しいので
半年後の9月からは僕も彼女の住んでいるマンションの隣のブロックに引越し
その時は彼女もIKEAで家具を選んでくれたりしたのだけども
YesともNoとも反応が...
なんで自分がこんな『赤いスイトピー』状態なのか、信じられない
けれども、彼女は僕のことを「Uncle」(おじさん)と呼ぶようになり
そう、そういえばあのバレンタインの後、彼女に誕生日を聞いてみた
彼女がバイト中のカフェでだったと思う
生まれた年が1988年、「なーんだKozueと同じ学年かあ...えっ?!」
彼女が18歳になったばかりと知り、
「うーん、若すぎるでしょう?」と少し悩んだ
そういえば、彼女は大人びて見えるけれども、結構子供でもある
複雑な家庭環境の中で、変に大人びてしまったところと
成長しきれていない所があり、そこにギャップが生じていたのだ
当時の彼女は今よりも遥かに情緒不安定で喘息がひどく
友達もいない、独りで映画を観て、独りで食事をする孤独な
生活をしていた
資産家の父親のおかげで生活は楽だったし、おじさん(母方の兄)が
マレーシアに住んでいたので、身よりはいたけれども、孤独だった
僕が引っ越した頃に、そのおじさん一家がオーストラリアへ移住
タイミングよく僕は彼女の保護者になっていたのかな
それからまた半年後、彼女が僕のマンションに引越しをする
クーラーの付いている僕の部屋を明け渡し、
僕はそれから扇風機の生活になった
それでも彼女との関係は変化が無く、さらに親子の様な雰囲気になっていく
彼女が求めていた、お父さんの役を
いつの間にか引き受けてしまっていた...
まあ、こんな恋のかたちもあるのかなぁ