あの人は、見ている
黒板でも、文字でもない
その手前、
わずかにほどけたところを
前に立つ人の背で、
整えられていたものが、少しだけ崩れている
きちんとしているはずなのに、
どこか、守りきれていない
その、わずかな隙間に、
視線が落ちる
離れない
白とも言い切れず、
影とも決めきれない、
やわらかく、曖昧なところ
そこだけが、
妙に生々しい
あの人の呼吸が、変わる
浅くなるでもなく、
深くなるでもなく、
ただ、間隔が乱れる
ほんの少し、
前へ寄る
触れる距離
いや——
触れたあとにしか生まれない距離
触れていない
それでも、
触れたと錯覚するほど、
空気が近い
戻れなくなる一線
それを越えたかどうか、
もう分からない
ふいに、前の人が動く
すべてが、元に戻る
何事もなかったように
あの人も、視線を外す
けれど——
さっきまで見ていたものだけが、
消えない
まぶたの裏に、残っている
形じゃない
感触でもない
もっと曖昧で、
もっと確かなもの
それが何か、
言葉にした瞬間、壊れてしまう
だから、誰も言わない
続く

