港から吹き上がる潮風が、

稲佐山野外ステージを吹き抜ける



    さだまさしさん

  南こうせつさん

 鶴瓶さん、特別出演?


ポスターの中の二人は、

私にとっては教科書の隅に載っていた

“昔の人”みたいな存在だった


 正直に言えば、フォークソングは懐メロ

ママが口ずさむたびに、

私は心の中でそっとチャンネルを変えていた


 でも、ママは違った

開演前から落ち着かず、

パンフレットを何度も撫でるように見つめている

まるで、昔の友だちに会いに来たみたいに


 ギターの一音目が鳴った瞬間だった

会場の空気が、ふっと昭和に引き戻された気がした。


♪「精霊流し」

♪「神田川」


聞き覚えのある旋律が流れ出すと、

ママの肩が小さく震えた

横顔を見ると、頬を流れる涙、涙


  泣くほどのものなの?


そう思いかけて、私は言葉を飲み込んだ

ママの目は、ステージじゃなく、もっと遠くを見ていたから


学生時代

下宿の狭い部屋、

畳の上に置かれた安いギター

夜更けまで語り合った友だち

叶わなかった初恋

駅の改札で、何も言えずに別れた失恋


そんな淡い記憶が、

歌に乗って走馬灯のように蘇っているのが、なぜか分かった


私は知らない

その時代の匂いも、痛みも、胸の高鳴りも

でも、ママの涙だけは、嘘じゃないと思えた


曲が終わり、会場が大きな拍手に包まれる

ママはハンカチで目元を押さえながら、少し照れたように笑った


「ごめんね、年寄りくさくて」



私は首を振った

懐メロだと思っていた歌が、

急に“生きた時間”に聞こえた


フォークソングは、昔の歌じゃなかった

ママがママになる前の人生そのものだった


帰り道、夜の長崎の坂を二人で歩きながら、

ママは小さな声で歌い続けていた


私はその背中を見つめながら、

いつか自分にも、涙が出るほどの歌ができるのだろうかと、

藤井風さん

Snow Manさん

或いは、NiziUかな


初めてそんなことを考えていた