「それは…ですね…。代マネの時にですね、熱でうなされていた時にです。氷嚢をかえたときにわたくしのことをどなたかと勘違いされたようで、それはそれは甘々しい笑顔とお声で『ありがとう、キョーコちゃん』とおっしゃいまして。ですから、敦賀様の想い人が『キョーコちゃん』なのだと思い至った所存でございます。」

あの時か!

夢だと思っていた。実際にツインテールのキョーコの夢を見ていてオーバーヒートしかけた俺に冷たいハンカチをかしてくれていた。さすがに最上さんだ。どうして自分のことだと思わないのか…。

「ありがとうって言っただけで俺の想い人になっちゃうの?」

「そ、それは、だってあの時、まるで嘉月が美月を見るような甘々な顔だったんですよ。しかもうなされてるような無意識な時に思わずでるんですから、誰だってそう思いますよ。」

キョーコはうなだれてボソボソと話していたので蓮の変化には気づかなかった。蓮の耳が赤くなっていたことに。なんなんだ一体、俺はあんな前からこの子のことを思っていたのか?無意識で?それを自覚するのにそこから相当時間がたっている。本当に情けない。そして、なぜこの子はそこまでわかっていながら肝心なことだけわからないのか。

「その場にいたのは最上さんなのに、自分だとは思わないの?」

「そんなこと思うわけありません。代マネだったときは、敦賀様はわたくしのことを『君』とか呼んでいましたから…。そのあとも『最上さん』でしたし。」

「なるほどね。じゃ、その話は一旦おいといてっと。俺の話しを聞いてもらおうか。」

キョーコは静かにうなずいた。よかった、自分の想い人を追求されなくて…。追求されたらなんと言っていいかわからない。

蓮はポケットからケースを出すとキョーコの目の前でコンタクトレンズを外す。その様子にキョーコは目を丸くして息をのんだ。

「髪はすぐに戻せないけど、本当は金髪だよ。」

「敦賀さん、目が…目がコーン?ってどういうこと?だって私の中のイメージを使ったって?えっ、また魔法?今はどっち⁇」

「どっちっていうか、コーン=敦賀蓮なんだ。」

「えっ、やっぱり敦賀さんは妖精の血を引いてるってこと?」

キョーコの『やっぱり』の意味はよくわからないが、そこは今日はスルーさせてもらおう。突き詰めてしまうときっと話しがおかしな方向へいってしまう。

「そうじゃなくて、どっちも人間。妖精なんかじゃない。黙っててごめん。」

「子どもの頃、京都で会ったのも?グァムで会ったのも?」

「そう、俺。」

「なんで?」

「本名は久遠ヒズリ…」

時折、相槌をうってはいたがキョーコは混乱しているせいか、敬語がどこかへいってしまっている。無理もないと思う。メルヘン脳を利用してコーンと蓮が同一人物でないと刷り込んだのに、やっぱり同一人物ですなんて酷すぎだろう。そしてなぜなのかその理由を話すことが恐ろしい。彼女に軽蔑され二度と話すことも会うことも叶わなくなったらどうすればいい?蓮は手が震えるのがわかったが、己れの過去を知らせずして本当に彼女を手に入れられないこともわかっている。律儀な彼女は約束通り、家事全般こなそうとするかもしれないがそれは蓮の望みではない。家政婦が欲しいわけではないのだから。

蓮の話しはキョーコの想像を超えていた。けれど、思い当たる節もある。日本人でないこと、壮絶なイジメ、妬み…。周囲で人が亡くなっていること。断片的なピースが繋がっていく。 そうやって敦賀蓮が生まれたのか…。

蓮は全てを話し終えると恐る恐るキョーコをみた。

「そうだったんですか…。」

「それ…だけ?」

優しい目で見つめられ、キョーコの意外な反応に蓮は戸惑うしかない。

「それだけって、どういう意味ですか?」

いろいろなことが腑に落ちたのだろう、キョーコは冷静さを取り戻している。

「えっと、怒るとか呆れるとか軽蔑するとか…。」

「なぜそんな風に思うんですか?よくわからないんですけど?」

「嘘つかれて怒るとか、恵まれた環境なのに逃げ出して呆れるとか、俺のせいで親友が亡くなって軽蔑するとか…。」

「嘘…だったんですか?」

「そんなつもりはないけれど、そういう見方もできるだろう?」

「敦賀蓮を作り出さないと久遠さんが壊れてたと思います。生きるために必要なことだったと思います。この世界は特殊な事情の人がたくさんいますから芸名とか本名を伏せるとかなんでもないことだと思いますよ。」

「でも、俺はずっと最上さんが京都で会った女の子だって知ってたのに黙ってたんだよ?その上、グァムでは嘘の上書きをした…。」

「うーん、そこは怒ってもいいかもしれませんね。魔界人にコーンは生きてないかもって言われて心配してたのをご存知でしたものね。でもいいです。事情がわかれば私の心配なんて吹っ飛びましたから。それに軽井沢でもグァムでもその時々でできる限り慰めていただきましたから。」

「本当にそう思ってる?」

心配気にキョーコの顔をのぞき込むとキョーコは笑みを返した。

「疑り深いですね。私はすぐ顔にでるんですよね?嘘ついてるように見えますか?」

蓮はキョーコの笑顔に安堵する。

「疑ってる訳じゃない。ただ臆病なんだよ。」

「そんなことないです。さっき恵まれた環境って言ってましたけど、それを全てなかったことにして新しいスタートを切るなんて誰にでもできることじゃないですよ。しかもこんなに見事に…。どこまで完璧にすれば気がすむんです?」

「それだって誰かのためとかじゃなく、自分自身のためだ。どれだけ両親を泣かせたか…。」

「いいじゃないですか。敦賀さんの久遠さんの人生なんですから。誰かのためだけに生きててもろくな事にならないんですよ。私がいうんだから間違いありません。それにご両親にはこれからいくらでも親孝行できます。」

胸を叩くキョーコが本気で言っているのが嬉しかった。でも…。

「…でも、罪は消えないんだ。」

「それは仕方ないです。過去には戻れないし忘れることもできないです。一生背負っていくしかないです。でもだから幸せになってはいけないってことはないはずです。人間はどんなことがあっても幸せになるために一生懸命生きなきゃいけないんです。敦賀さんは怒るかもしれないけど、私は今の敦賀さんが好きです。悲しい過去も今の敦賀さんを作る要素ですから。そんな風に思っちゃう私って我儘でしょうか?」

「なら、もう会いたくないとか顔も見たくないとか、そういう風には…。」

「さっきからヘンですよ。そんなこと思うわけないじゃないですか。尊敬してるんですから。」

キョーコの心からの笑みを見て涙がでるほど嬉しい。


あぁ、俺は俺でいいんだ…。