「もしかして…君は…。」

目を見開いて驚く蓮にキョーコも正気を取り戻した。今、自分はなんと言っただろうか?ここはとりあえず逃げたほうがよさそうだ。まだ泣き声で活舌なんかあったものじゃないが、とにかく逃げたい一心だった。

「あっ、ぞろぞろずがんだ。ズビッ。まだ、ごんぼ…。ズビッ。」

坊は急いで立ち上がり、蓮の前を駆け抜けた。蓮も一瞬遅れて立ち上がり坊を追いかける。坊が楽屋のドアを閉める直前に追いつき閉められないように片足を突っ込んだ。懸命にドアを閉めようとするが足を入れられている上に、力で敵う訳がない。

「ごんなあぐどぐぎょうじゃみだいなごどずだらいめーずがぐずれるだぼ…。」

「悪徳業者って、君が以前に使った手だろう?さぁ、無駄な抵抗はやめようか、最上さん?」

まさに、何か企むチシャ猫のようにニッと口角をあげた。キョーコは追いつめられたネズミの気分になる。本当にネズミになってこの大きな猫に食べられたら、釈明もしなくて済むしなにより一瞬で終われる。達人の介錯のように痛みなんかかんじないかもしれない…。そうできたらどんなにいいだろう、そうできないのだからここは謝るしかない。キョーコは抵抗を諦め数歩下がると床にめり込むかと思うほどの土下座をした。

「ごめんなさい!すみません!敦賀様を謀った罪は一生をかけて償います。ですから、何卒、何卒、ご容赦のほどを…。」

蓮はニッコリと笑うとキョーコに問い返す。

「どうやって?」

何を聞かれたかわからないキョーコは顔をあげた。

「何の事でしょうか?」

「だから、どうやって償うの?」

「敦賀様が顔も見たくないとおっしゃるなら、影すら見せません!」

「脚下。」

「それでは、わたくしのできることといえば食事のお世話などの家事全般でしたら…。」

蓮は片眉をあげ、続きを促す。

「一生?」

「はい!お望みでしたら!それはもう、敦賀様のご予定に合わせて例え、早朝真夜中でも!身を粉にして働かせていただきます!」

「ふーん、ちょっと俺の考えてたのと違うけど…。細かい所を詰めたほうがよさそうだな。とりあえず、着替えて。ここじゃなんだから、俺の家にいこうか。で、本当はこの後の予定なんてないんだろ?」

またしてもチシャ猫のごとく笑うとキョーコが着替えられるように一旦楽屋の外へ出た。キョーコの恋い焦がれる相手は誰なのか。最初は嫌いで打ち解けてその後にはパーツでもわかるって...俺のことか?自分にもあてはまると思う反面、キョーコに対して過度の期待は禁物だと言い聞かせる。とにかくこの状況を活かさない手はない。あとでゆっくり口を割らせよう...。

キョーコはゆっくりと時間をかけて着替えた。けれどどんなにゆっくり着替えてもすぐに終わってしまう。見えないけれど、あのドアの向こうには獲物を今か今かと待ち受ける肉食獣がいるのだ。淀んだ黒い空気がドアの隙間からもれている。キョーコはその光景にため息を落とすと意を決してドアを開けた。蓮の顔を見る前に深々と頭を下げる。

「お待たせしました!」

ドナドナ状態のキョーコに苦笑いがもれる。一体、どんな償いをさせられると思っているのか。きっと斜め上の考えが浮かんでいるのだろう。

「じゃ、行こうか。」

▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲


車の中は私語厳禁だった。蓮はなにやら考えこんでいる様子はあったが、怒りの波動は感じられなかった。マンションにつけばつくでキョーコをリビングに座らせ、自分は着替えに寝室にむかい、今はキッチンでお茶をいれている。お茶はキョーコがいるれと言ったのだが、目で制されて大人しく座っていることにした。

「お待たせ。紅茶でよかったよね?どうぞ。」

キョーコの前にカップを置き、蓮はキョーコの隣りに腰かけた。

「あっ、ありがとうございます。」

緊張のあまり手をださないキョーコにやはり、目で『どうぞ』と促すとようやく一口お茶を含んだ。いつまでも話しださない蓮にキョーコのほうが耐えかねて再び土下座をしようとしたところで蓮に止められた。

「謝罪はもういいから、話しをしよう。」

「は、はい…。」

しょぼんと小さくなったキョーコに蓮は優しく微笑んで話しだした。

「で?」

「えっと、わたくしのできることといたしましては、家事全般なのですがそれでよろしいでしょうか?」

「うーん、俺の考えとはちょっと違うんだけど…。」

「そう言われましても、他にわたくしのできることといえば後は、敦賀様人形の作製ですとか、護符作りや呪詛の類いなのですが…。」

「それはあんまり嬉しくない。とりあえず家事ってことにしておいて、どのくらい?」

「どのくらいと申されますと?」

「期間は?」

「それはもう、敦賀様が望まれる限りつくさせていただきます!早朝深夜いつでもドンとお任せください。」

「ふーん、それで仕事はどうするの?」

「続けさせて頂かないと困ります。わたくしめにも生活がありますので。地方の仕事はできるだけお断りいたしますが、ペーペーの域を脱していないヒヨッコでございますゆえ…。その際は作り置き等で対処させて頂くということでご容赦いただきたい所存です。いかがでしょうか?」

「あぁ、それでいいよ。ただ、早朝深夜って、ムリだよね?そんな時間に女の子を呼びつけたりできないよ。」

「近くにアパートを借りるというのはいかがでしょうか?」

「近くてもダメ、ちょっとでも外に出れば同じだから、危ないでしょ?」

「それでは…このマンションの下階に空き室などはございませんでしょうか?ただ、わたくしのお給料で借りられるかどうか。」

「それなら、住み込みは?一番便利でしょ、部屋なら余ってるし。」

「えっと、それは敦賀様にご迷惑がかかりますので遠慮させていただきたいのですが。」

「迷惑?」

「先ほど、敦賀様がそっ、そのこっ告白なさるとおっしゃっておりましたので、こんな箸にも棒にもひっかからないわたくしめでも一応性別は女ですので彼女さんがご気分を害するのではないかと。」

「あぁ、そこ?なら、彼女が気分を害さなきゃいい?」

「それでしたら…。でもそれとは別にスキャンダルになりましても問題では ?」

「なら、彼女が大丈夫でスキャンダルにならなければいい?」

キョーコはジトリと蓮を見る。そんなことできるわけがない。蓮もキョーコを見据えて確認する。

「いい?」

「…はい。どちらもクリアできるのでしたら。」

「大丈夫だよ。そのために2、3やってもらうことがあるけどいいよね?」

「はい。わたくしにできることでしたら。」

地獄に落ちるのが罰だと思っていたけれど生きながら罰を受けるはめになるとは思わなかった。目の前で敦賀さんと『きょーこちゃん』の幸せな姿を見ることになるなんて。本当に神様は自分にだけ意地悪だ。

「じゃ、そういうことで。ところで聞きたいことがあるんだけど、『きょーこちゃん』って最上さんのことでしょ?それに豆腐に頭ぶつけても汚れるだけだと思うけど?厄払いかなにか?」

キョーコは唖然とする。敦賀さんが実際に豆腐に頭をぶつけて呆然とする図を思い浮かべた。さすがにシュールすぎる。『てんてこ舞い』がわからなかっただけのことはある。面白すぎる。

「豆腐云々はですね、冗談のわからない人は明らかな冗談も真に受けてしまうという例えです。無粋な人ということです。豆腐にぶつかっても怪我することはないですから、えぇ、汚れるだけです。」

蓮は意味を理解すると、ブスっと膨れた。

「どうせ、俺は無粋ですよ。わるかったね。」

「いえいえ、日本で育っていらっしゃらないんですよね?」

豆腐で汚れた蓮を想像してクスクスと笑いの止まらないキョーコに不機嫌に返す。

「まぁね、豆腐の件はわかった。ならもう一度聞くけど、『きょーこちゃん』って誰のこと?最上さんのあの言い方じゃ、他にも『きょーこちゃん』がいるみたいだ。俺の知りあいで『きょーこ』って名前は最上さんしかいないよ。」

「嘘です!だってあんなに神々しい笑顔で『きょーこちゃん、ありがとう』って。あれが好きな人に向けたものでなければ犯罪です。被害者続出です!歩く公害ですよ!」

「酷い言われようだね。だいたい、俺がいつ誰に言ったんだ?全く覚えがないんだけど?」

゚・*:.。..。.:*・゚゚・*:.。..。.:*・゚


すみません、ぶったぎります。

はい、いつものことです。

ごめんなさーい (^▽^;)