「小夜子…?」


自分でもどうするのかわからないまま、社は寝室のドアを開けた。小夜子はベッドにもたれるように床に座っている。背を向けているので表情はまったく見えない。もう一度名前を呼ぶと顔をあげたものの社のほうを向くことなく話しだした。


「いいの!気にしないで。ただ、いつか…。そう!いつかその時のために練習しとこうかと思って。それだけだから!」

「いつか?その時って?」

「そのうち、本当の彼氏ができた時のために。」


小夜子の言葉に社はカッとなった。スッと目を細めて低音でささやきながら横に座る。それでも小夜子は社のほうをむこうとはしない。

「本当の彼氏ねぇ…。」

本当の彼氏でないことは社自身が一番わかっている。社の立場が悪くならないように適当な期間付き合っているフリをしているだけだ。体の関係があるから付き合っていると言ってもいいのかもしれないが、いつか終わることが予め決まっている。始まりが同情だから仕方ない。


「小夜子は偽物の彼氏にこんなことさせるんだ…。」

社は背中から小夜子に覆い被さると噛み付くように項にキスをした。突然の乱暴なキスに驚いて社から離れようと身を捩るがベッドに抑えつけられ身動きがとれない。

「これも本当の彼氏のための練習?だったら、俺の持てる限りを教えてあげる。」


小夜子の両手首をベッドに抑えつける。華奢な手首は社の片手でも簡単に拘束されてしまう。あいている手で胸を探られる。こんな乱暴に触れられたことは今までに一度もない。いつだって優しく宝物のように扱われてきたのだ。


「やっ!やめ…。」


抗おうとすると抑えこまれる。声を出せば唇で塞がれる。小夜子の弱い所をこれでもかと攻められる。抗議の声はいつしか嬌声にかわった。すぐ横にあるベッドにあがることもせずそのまま、思うままに貪った。二度目からはベッドにあがったが、味わうとか思いやるとかいったことはできなかった。何度目かのあとにサイドテーブルの箱を探り、中身がないことにきづいて始めて理性が戻った。俺は何をした?自分の下で息も絶え絶えの小夜子を見下ろす。目は硬く閉じ、浅く早い呼吸をしている。強制的に何度もイカされてどこまで記憶が残っているのか…。快感も過ぎれば苦痛になる。過ぎるほどの快感を自分が誰かに与えられるとは思っていなかったけれど、小夜子とならそれもあるかもしれない。奇跡といってもいいぐらいの相性の良さなのだ。


「さよこ?」

社の呼びかけに小夜子はそうっと目を開いた。徐々に焦点があってくると、それは社を睨みつけるものにかわった。

「どいて。」

「…」

「ど い て」


挑発するような物言いに社は小夜子から下りると、部屋から出た。キッチンから水をとり寝室へ戻るとそこかしこにある生々しい痕跡が目についた。脱ぎちらかした服、充満する独特の匂い…何よりベッドに横たわる小夜子には鬱血した跡が無数にある。水を差し出すと首をあげたものの受け取る力もないようで手はださない。それでも睨みつけることだけはやめなかった。社は小夜子を支え起こすと水を飲ませてやった。よほど喉が渇いていたのかゴクゴクと飲んだが、飲み終えても動く気力はないらしい。小夜子を横たわらせたままシーツをかえ体を拭いてやる。散らかったものの後始末をするとシャワーを浴びにいった。


寝室に戻ると先ほどまでの生々しさは薄らいでいた。穏やかに眠る小夜子を見下ろしていると自分がしたことの意味を考える。小夜子の言葉にカッとなったのだ。それはわかるが、なぜカッとなったのかがわからない。


いや、本当はわかっている。『本当の彼氏』ではないと言われて頭にきたのだ。見たくない現実を言われたから頭にきたのだ。真実とはこんなにも苦いものなのか。もう、二度とこんなヒドイことをしないためにも認めてしまおう。小夜子との時間がいかに心地よく手放したくないと思っているかを。いつか現れるまだ見ぬ『本当の彼氏』に嫉妬したかを。だが、それを認めたところでこの先はないだろう。いつかではなく、きっとこのあと小夜子が目を覚ましたらこの関係は終わる。こんなヒドイ扱いを受けてそのままにするような小夜子ではない。あと少しだけで終わってしまうならばその貴重な時間を堪能したい。社はベッドに横たわると小夜子をそっと抱きよせた。大切なものが消えてなくならないように。