朝早くから、男たちは伯爵の屋敷に行きました。馴染みの使用人にキョーコがまだ屋敷にいることを確認し、それとなくいくらで売られたのかも聞き出します。きちんとした額は知らないようでしたが、金貨十数枚だったようでした。男たちは自分たちが思っていた値段よりも安いことに安堵しました。それなら蓮の持っていた宝石の方が価値がありそうです。
直接、伯爵に会うことなど滅多にありませんが執事に会わせてもらえるように必死に頼み込みました。その常と違う必死さに執事もおれ、会えるかどうかはともかく聞いてみてくれると約束したのです。
男たちは伯爵が起きるのを辛抱強く待ちました。使用人たちは朝早くから起きて仕事をしていますが、貴族はお昼近くならないと起きてきません。男たちには目の覚めるような取引でも伯爵もそう思ってくれるかはわかりません。無理やり起こさせて機嫌をそこねては台無しです。
始めは渋っていた伯爵ですが、『キョーコのことで内密に話がある』と切り出され仕方なく話を聞くことにしました。折角、厄介払いができると思っていたところにキョーコが普通の人間でないと知れてしまえば取引がなくなってしまうかもしれません。本当なら早くキョーコを屋敷から追い出したかったのですが、キョーコの尾ひれが見つからないのです。先方はあの見事な尾ひれも含めて金を支払うと言っているのです。キョーコを問い詰めても頑としてわかりませんの一点張りです。キョーコ以外に知る者などいるはずがないのにです。こうなったら養い親を盾にして口をわらせるつもりでいました。
伯爵は物憂げに居間に入ってきました。居間といっても普段自分たちが使っている部屋ではなく、使用人たちの使う休憩室のようなもので質素な作りの部屋です。伯爵が入ってくると男たちは椅子から立ち上がりました。軽くうなずくと挨拶もなしに伯爵は話を切り出します。
「キョーコのことで話とは?」
男たちは顔を見合わせましたが、すぐに意を決したように一人の男が話しはじめました。
「実は、他のお屋敷に奉公に出されると伺いまして...。まだ、出発はしていないようですのでその前にお耳にいれたいことがあって無理言ってお目通りを願ったしまつです。」
伯爵は内心でギクリとしながら、顔に出さないように注意しながら続きを促しました。
「実はさるお国の高貴な方につかえる方からキョーコを雇いたいと話がありまして。何でも、珍しいものを集めるのがご趣味だそうで。」
珍しいものという言葉にますます動揺しましたが、そこは深く息を吐くことで誤魔化しました。男たちにはため息にうつったようです。
「しかし、すでにキョーコの行き先は決まっている。今更、そんなことを言われても約束を違えるわけにはいかぬ。」
「もちろんです。私どもも、伯爵様が約束を違えるような方とは思っておりません。ただ、その方も主人のために遠い異国まできて手ぶらというわけにもまいらないようで。確かにキョーコは働き者ではございますが、他に変わりがいない訳でもありません。異国の方には珍しくてもこの国ではさほど珍しくもありません。どうか、その方の忠義のためにも今一度、お考え直しては下さいませんか?」
人魚の正体がキョーコであることは先日の舞踏会で多くの人間に知れ渡りました。どこかで外国の金持ちが耳に入れたのでしょう。伯爵は考え込みました。国内で厄介払いするよりもどこか遠く異国に行ってしまった方がキョーコの真実の姿がわからなくていいかもしれません。あとで正体が知れても返品もききません。それに尾ひれもみつからないままなのです。
「なるほど、そこまでお困りのようなら考えてもいい。その使いの者とはいつ会える?」
「今日の午後お会いする予定ですが。」
「ならば、そのままお連れすように。」
「はい、わかりました。」
そこからは蓮の思うまま事が進みました。わざとらしく忠義な使用人のように喜んで見せました。自分に人を騙せるほどの演技ができたことに驚きを感じましたが、今はそんな感情にひたっている暇はありません。伯爵にはあの男たちに見せたルビーとエメラルドを惜しげもなく渡してやりました。綺麗な石ではありますが蓮にとってはそれだけのものです。難破船に行けば似たようなものがごろごろしているし、キョーコとは比べ物になりません。
蓮は玄関でキョーコを待っていましたが、なかなか出てきません。痺れをきらして執事を呼びに行こうとしたところで大きな物音がしました。
「早くしろ!俺が伯爵様に叱られるだろう!」
「お願いします。伯爵様に会わせてください。私はここにいたいんです!!」
「そんなこと知るもんか。お前の奉公先はもう決まってるんだ。言う通りにしないと殴ってでも連れて行くぞ!」
「そんな!ではせめて、義母さんを!義母さんも連れて行けるようにお願いします!!」
「俺にそんなこと言っても知るもんか。さっさと立たないか。」
キョーコの声でした。蓮が迎えに来るまで待っていると言ったのです。まさかその蓮だとも知らずに抵抗しているようです。乱暴な男の声に蓮は慌てて走り出しました。声のする扉を勢いよく開けると男がキョーコに殴りかかろうとしているところでした。蓮はキョーコを背にして男の前に立ちはだかりました。
「何するんだ、お前は誰だ?」
驚いたのは男です。自分よりも大きな男が突然現れたのです。しかもとんでもなく殺気を放っています。
「お前こそ、何をするんだ?その娘は私が買ったものだ。丁重に扱ってもらおう。」
男はしげしげと蓮を眺めました。キョーコを買った男を見たのは初めてですが、仕立てのいい恰好から間違いはなさそうです。
「そ、そうですかい。いや、キョーコが渋ったものだからつい...。傷つけるなんてそんな気はなかったんですよ。ちょうどいい、あなた様がいらっしゃるんならどうぞ連れて行ってくだせーや。」
面倒事に巻き込まれるのはごめんだとばかりに男は蓮にキョーコを押しつけました。退室しようとする男に蓮は声をかけます。
「待て、この娘の義母はどこにいる?娘が望むならその義母も連れて行こう。遠い異国で一人では心細いだろうて、義母がいるなら一緒のほうが心安かろう。」
男はまさかそんなことを言われるとは思わず、驚きました。
「そ、それは俺に言われても...。」
「ならば、執事を呼んで来い。もう一度、伯爵様にお目通り願おう。」
結局、蓮は伯爵に会わずにキョーコの養い親をも連れ出すことに成功しました。執事が事の顛末を伯爵に伝えると喜んで義母を渡してくれたのです。キョーコと共にいなくなってくれれば、これでお荷物が減るというものです。
蓮は馬車にキョーコと養い親を乗せると港に向かいました。そこからいくつか船を乗り継ぐと蓮の用意した家がありました。いつしか養い親は天に召されましたがそれまでは3人仲良く暮らしました。蓮とキョーコは数年に一度住まいを替えながら、海と陸の橋渡しをしました。『首に痣のある人間』のよりどころとなったのです。
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やや、(かなり?)尻切れトンボぎみですがハッピーエンドということで許してやってください。二人のもとにはきっと恋愛相談に人魚やら人間やらがやってきたり、いつしかキョーコが人魚と人間の間に子をもうけた者の産婆になってたりするんじゃないかなぁなって思っていたりします。