翌朝、久遠はキョーコを迎えにきた。

昨日の気まずさをなんとかしようと朝早くからやってきた。キョーコが本気で怒っていたのも恥ずかしさが半分なのもわかっている。プリプリと怒った様もカワイイがこのまま口をきいてもらえないのも堪える。


呼び鈴を押すとジュリ(アン)が顔を出した。

「おはようございます。今日は俺がキョーコを送っていきます。」

「おはよう。」

ジュリはニタリと訳知り顔で挨拶をかえした。その表情にキョーコがどこまで話したのか久遠は不安になる。キョーコを泣かせたら大変なことになるのはわかっている。なんといってもあのボスの知り合いだ。一癖も二癖もある。でも、泣かせてはいないはず...。


「ええっと...。何か言いたいことがありますでしょうか?」

気の重いことほど先に片付けたほうがいいと思って聞いてみる。

「何も...。」

ジュリの訳知り顔は変わらない。あの顔は絶対に聞いているはずだ。

「どこまでご存じなのでしょう?」

「どこまでって...。大将との約束と...ひっひっひっ。」

そこまで言って止めたくても止められないという感じで笑い出した。久遠は酷くバツの悪いところを見とがめられた気分になっていたたまれない。

「だって、まるでティーンエイジャーが彼女の父親に清い男女交際をしなさいって釘さされたみたいじゃない。イイ年した大人なのに...。しかも律儀に守っちゃって、ひっひっ。でも我慢できなくて変に意識してぎこちなくなっちゃって、とうとう本人にぶっちゃけちゃうなんて、ひっひっ。これを笑わずして何とするよ、ひっひっ。もうダメ、笑い死にそう、息ができない。」


ジュリに言われるまでもなく、久遠だって我ながらティーンエイジャーみたいだと思っていたのでこっぱずかしいことこの上ない。キョーコの前では過去の経験なんてなんの役にもたたないのだから抱かれたい男の称号もかたなしだ。みるみるうちに赤くなりしおしおと小さくなっていく。


「あらあら。恥ずかしがる様までティーンエイジャーみたいね。イイモノ見せてもらったわ。キョーコ、久遠のお迎えよ!」

何やら騒がしいなとは思っていたが、まさか久遠が迎えに来ているなんて思っていずキョーコは慌てて玄関へやってきた。みると真っ赤になり叱られた子犬のように小さくなっている久遠がいる。

「どうしたの?」

「...。」

久遠はキョーコに背を向け壁にむかう。顔は見えなくなったが、久遠のうなじや耳は赤いし口元を押さえる手も赤い。

「見ないで!」

「でも...真っ赤で、熱でもあるんじゃない?大丈夫?」

とんちんかんな二人の会話にジュリが割ってはいた。

「久遠、わかったでしょう?親しい人だからこそソノテの話はすごく恥ずかしいのよ。まして父親とも慕っている人となんて。ジュリエナやクーがソノテの話をしていたら嫌でしょう?」

「...はい。よくわかりました。」

「なんのこと?」

キョーコには話の流れがさっぱりわからない。

「ベッドの話を他の誰かに聞かせるなってことよ。お灸をすえたからもう大丈夫だと思うわ。とはいえ、キョーコのことを大切に思ってるのはよくわかったから。さっ、いってらっしゃい。」

ジュリはキョーコの背をトンとたたくと送り出した。

キョーコは車の中で久遠が顔を真っ赤にさせたまま必死に謝るのを見てついカワイイと思ってしまい許すことにした。キョーコに『もういい』と言われた久遠の表情は、さながら長らく『待て』と言われた末に『ヨシ』と言われた子犬のようでカワイイを通り越してキュン死に値するほどだった。


スタジオゲートの前に車を停めると久遠はいってらっしゃいのキスをした。久しぶりの堂々としたスキンシップにキョーコが驚いて目を丸くすると、久遠はシレっと『俺が我慢できなくてもキョーコがストップをかけてくれるから大丈夫だよね』とやや似非紳士スマイルでのたまわった。

意味がわからずキョーコが首をかしげると耳元でささやく。

「だって、そんなことになったら大将にエスコートしてもらえないだろう。そうなったら、みんなにキョーコと俺が...ってばれちゃうよ。そんなことキョーコは恥ずかしくて嫌だろう?大丈夫、キョーコが止めてくれれば俺もそこでちゃんとやめられると思うから、ねっ。それに3か月の我慢だし。」


久遠の開き直り発言にキョーコは声も出ない。自分は我慢できるかわからないから私に止めさせるなんてヒドイ!こういうのも他力本願っていうんじゃない?


...でも、それって私に触れたいってことよね。しかも我慢できないなんて...喜んでいいのかな?

大将には久遠のことを約束を守れる誠実な人だと思ってほしいし、いきなり最後まではハードルが高すぎるから、もしかしたらちょうどいい練習期間になるかもしれない。練習する自分を想像してしまったらキョーコは一気に赤くなった。

「どうかした?」

「なっなんでもない!」

「じゃあ、そういうことで。いってらっしゃい。」

久遠はもう一度、いってらっしゃいのキスをするとキョーコをスタジオへ送り出した。