美月と嘉月のシーンを撮ればもう撮影は終了だった。『蓮』を待つために2日間の休みが入った。久遠はアルマンディの仕事が入ったと説明して、美月と嘉月のシーンのジェフは久遠の代役で撮影することになったとスタッフには言ってある。別段、スタッフは疑問を挟まなかった。それよりも、姿を消した蓮の復帰がこのドラマであることを喜んだ。
久遠はウィッグをつけコンタクトをいれ『蓮』になってホテルを出た。久しぶりの『蓮』の姿に懐かしい幼馴染に会ったような不思議な気分になる。ロケ現場の教会に行き、監督やスタッフに挨拶をする。久しぶりに会った百瀬にも挨拶したら『いろんな噂があって心配したけれど元気そうで良かった』と大人の対応をされほっとする。ほとんどが引きの画でセリフもないため簡単な打ち合わせをすると衣装に着替えに行った。準備を済ませて教会に戻ると何やら現場は騒然としていた。
緒方の焦った声が聞こえる。
「本当にあなたが代役なんですか?」
「そうだ。息子が他の仕事で迷惑をかけるんだ。父親の私が責任をとって代役を務めさせていただく。それに、背格好は似てるだろう?衣装もぴったりだったんだ。問題はないはずだ。」
クーは金髪のウィッグをかぶりジェフの結婚式の衣装を着て自信満々に答えた。後ろ姿や引きの画では本当に久遠に見える。これほどそっくりで違和感のない代役は他にはいないだろう。
「確かに久遠さんに似た背格好の方をお願いしましたが、まさかクーあなたがいらっしゃるとは...。当たり前ですが、顔は映りませんしあなたほどの方のギャラは払えません!」
「ギャラなどいらない。キョーコとヴァージンロードが歩けるだけで十分だ。」
嬉嬉として答えるクーに緒方は頭を抱え込んだ。
緒方が助けを求めるようにジュリエナを見るがジュリエナは笑っているだけで何も言わない。スタッフも突然あらわれたビッグスターに戸惑いを隠せない。久遠は騒ぎの理由がわかると苦笑いがもれた。きっとジュリエナだけ共演するのが気に入らなかったんだろう。まさか息子の代役をしてまで共演したかったとは...。親バカにもほどがある。
それだけではない、本当にキョーコとヴァージンロードを歩きたかったに違いない。もしかしたら、そっちのほうが本当の目的で俺との共演がおまけかもしれない。そんな考えが浮かぶほど父さんはキョーコにメロメロだ。でも、なんか違くないか?ジェフの役は娘を引き渡す父親役ではなく花婿だぞ?考えると頭が痛くなってきた。ため息をつくと蓮は騒動の真っただ中に進んでいった。
「監督、ミスターがそうおっしゃるならお言葉に甘えたらどうです?」
緒方が振り返ると蓮が似非紳士笑顔で言った。
「で...でも...。」
困惑する緒方をよそに蓮はクーに話しかける。
「ミスター、お久しぶりです。まさかこんな所でお会いできるとは思いませんでした。」
握手をするために差し出された手をクーが握ると蓮は似非紳士笑顔のまま思い切り握った。クーも負けじと握り返す。
「敦賀君、久しぶり。失踪したと聞いていたが違ったんだな。元気な姿を見れて良かったよ。」
二人とも笑顔なのに緊迫した雰囲気のなかにウェディングドレスを着たキョーコがやってきた。
クーはキョーコに背を向けて立っていたのだが、キョーコの呼びかけにクー本人が驚いた。
「あっ、先生。今日はいかがされたんですか?」
なぜ、ジェフの衣装を着て金髪のウィッグをつけた後ろ姿でクーだと言い当てられたのか不思議でならない。だが、クーはすぐに自分に対するキョーコの愛のなせる業だと勝手に変換し、振り返ると大げさにキョーコに駆け寄り抱きしめる。実際すぐにクーだとわかったのはキョーコの絶対視感によるものだったが。
「キョーコ!すぐに私だと分かるなんて父さんは嬉しいぞ!でも、何度も言っただろう?『父さん』と呼んでくれと!!」
突然、抱きしめられたキョーコは驚いてそのまま動けずにいる。スタッフは愛妻家と言われるクーがジュリエナ本人の前で若い娘を抱きしめているのを見て息を止めた。確かに『父さん』と呼べとは言っているが、それでも妻としたらいい気はしないだろう。恐る恐るジュリエナを見るとジュリエナは怒った顔でつかつかとクーに近づきキョーコからひっぺがした。さながら久遠がジュリエナをキョーコから引きはがす時のように。
「あなた!衣装が皺になりますからやめてください。」
ジュリの一声でようやくクーはキョーコから離れた。
「あぁ。そうだったな、すまない。久しぶりにキョーコに会えて嬉しくて...。」
「それはわかりますけど、私だって我慢してるのにあなただけずるいです!」
「ずるいって...。これぐらいいいだろう?ジュリはずっと共演してたじゃないか。久遠とキョーコと食事にまで行って。私一人のけもので。」
「それは、あなたが仕事でいなかったから仕方ないでしょう?今日なんて、キョーコと一緒にヴァージンロードを歩くなんてあなたこそずるいでしょう?」
「だってジュリ、君は女性じゃないか?確かに久遠と君は美しいし似ているけれど体つきは全然違うし、それこそ仕方ないだろう?」
その場にいた全員がおかしな夫婦の会話に眉を寄せる。
ジュリはキョーコのほうに向きを変えると懇願した。
「今日は我慢するわ。でも、本番では私が一緒に歩きますからね!」
キョーコはいきなり矛先を自分に向けられてとまどった。『本番』の意味もわからない。
「本番って何のことですか?」
「あら、やだ。キョーコの本当の結婚式のことよ。その時は私にやらせてちょうだい。」
今度はクーが割り込む。
「だからジュリ、君は女性だから花嫁の父のように娘とヴァージンロードを歩くことはできないよ。それは私の役目だ!」
「ひどい!誰が決めたの?いいわよ、それなら私はブライズメイドになるから!それならキョーコと一緒に歩けるもの!」
「それはいい考えだ!それなら君も私も一緒に歩けるな。」
「ねっ、いい考えでしょう?」
微笑み合う二人に周囲の人間はもうついていけない。もう、何をどうツッコめばいいかもわからない。
蓮の姿をした久遠は心の中で盛大に文句を言った。花婿の父が花嫁の父の役?そんなのおかしいだろう?それにその役は大将にお願いすると決めている。花婿の母がブライズメイド?それもおかしいだろう?ブライズメイドはキョーコなら絶対に琴南さんに頼むに決まってる。それに既婚者ができるのか?グルームズマンは社さんだし、フラワーガールはマリアちゃんだ。花婿の両親が結婚式ですることなんてさほどない。大人しく参列してくれるだけでいい。あとは社長がおかしなことをしないでいてくれればいうことない。
「あの?お気持ちはありがたいですけれど、本番の結婚式なんていつになるかわかりませんよ?」
キョーコがおずおずと話しかけると二人はムキになって言い募る。
「そんなこと言わないで?楽しみにしてるのに。早く孫の顔も見たいし...。」
「そうだ。私も早く本当の花嫁姿が見たい。」
「そう言われましてもお相手もいませんし?」
キョーコがわざとぶっきらぼうに言う。薄っすら頬が赤いのはお相手を想像してしまったからだが、さすがに周囲にはキョーコの想像はわからない。
「あら、そうなの?ならウチの息子はどう?けっこう、いい男なのよ?お買い得だと思うわ。」
「それはいいな。それなら正式にキョーコを娘にできる!どうだ、考えてくれないか?」
「えっと...。それは...。」
蓮の正体を知っているキョーコは言いよどんだ。まさか本人の前で言うこともできない。
蓮は慌てて会話を阻んだ。まだ、プロポーズもしていないし、それどころか交際もしていないのに両親が結婚してくれと頼むなんていくらなんでも格好悪すぎる。先ほど、自分が結婚式を妄想していたのは棚に上げて両親の先走った行動に憤りを感じた。コメディタッチにはしているが、早くキョーコを陥とせという自分へのあてつけも込められているのだろうと思うと増々イライラがつのる。
「ミスター&ミセス。冗談はそのくらいにして、撮影を始めませんか?皆さん、待っていらっしゃいますよ?」
クーとジュリが周囲を見渡すと呆気にとられたスタッフ達の顔がみてとれた。少々バツの悪い顔をしたがすぐにクーは持ち直して監督に声をかけた。
「お待たせしてすまない。では、始めようか?」