「久遠さん。」

久遠は緒方に声をかけられた。撮影の合間の休憩時間だ。緒方は周囲を必要以上に見まわし誰もいないことを確認してもなお、声をひそめて話し始めた。緒方の様子に何事かと思ったが、久遠は素直に足を止め話を聞いた。


「最後の結婚式のシーンなんですけど、美月と嘉月を出席させたいんです。未緒が本当に懺悔と呪縛から解放されて幸せになったことを象徴するシーンなのでどうしても二人にも祝福してほしいんですけど、どうですか?百瀬さんにはOKがとれたんですが...。」

その先を言いづらそうにする緒方に久遠は苦笑いで答える。

「やっぱり、気づいてましたか?」

「えぇ、まぁ。僕だけでなく、チーフカメラマンも気づいたようです。あとは新しいスタッフとアメリカのスタッフがほとんどなので気づいていないと思いますよ。」

「そうですか...。俺の都合で黙っていてすみませんでした。」

「いいんですよ。なんとなく、わかりますから。僕と同じ理由なんでしょう?まぁ、それだけでは無さそうですけど...。ジュリエナと共演しているってことは、もう克服したと思っていいってことですよね?」

「はい。」

力強くうなずく久遠に緒方は嬉しそうに目を細めた。


「なら、僕は感謝の気持ちしかありません。ジェフは僕の予想を裏切るくらい良くできていましたから。それにこんなにいい宣伝はないですからね。おまけにアメリカでの放送なんてことまで決まりましたし。」

「そう言っていただけると助かります。えっと、出演はかまわないのですが合成ということですか?」

もしかしたら断られるかもしれないと思っていたのか、緒方は心底ほっとしたような顔をした。

「本当に?!良かったぁ...。教会で引きのシーンとバージンロードの脇に立っているところ、少し遠目に祝福を言っているところを考えているんですけど、どうでしょう?それなら似た背格好の役者さんにジェフ役をやってもらえば大丈夫だと思いますから。」

「わかりました。ただ、今はこの髪なので染めなければいけないですね。」

「それなら大丈夫です。社長さんにお願いしたら、以前に使ったという黒髪のウィッグとカラーコンタクトを送ってくださいましたから。あとは百瀬さんが来るのを待つだけです。」

「社長が許可してたんですか?」

「許可というか、『アイツがOKならかまわない』って言ってくださったんです。先に久遠さんに言ったものかどうしようか迷ったんですけどね。」

乙女顔でキラキラとした笑顔だが、強かさはさすがというべきか久遠はまたしても苦笑いが漏れる。


「ところで、いつわかったんですか?」

「う~ん、いつだったでしょうかねぇ?編集しててジェフが未緒を見るせつない瞳がどこかで見た気がしていたんです。しばらくモヤモヤしてたんですけど。京子さんが久遠さんを見る目で気づきました。最初は不思議でしたけどね。京子さんはてっきり敦賀君とって思ってましたから。社さんに聞いたら少し慌てたのでてっきりスキャンダルを心配したのかと思いましたけど違ったんですね。で、京子さんの目もどこかで見た気がするなって思ったらわかったんです。」

緒方はやっぱり乙女顔で微笑んでいるが、侮れない。

「そうでしたか。俺もまだまだですね...。素が出てしまうなんて。」

久遠がため息をつくと緒方は微笑んだまま言った。

「そんなことありませんよ。そもそも脚本のモデルが敦賀君と京子さんですから、素が見え隠れしても仕方ないです。それでもジェフは良くできていたと思いますよ。」

「ありがとうございます。」

「では、撮影ももう少しですからがんばりましょうね。」

「はい。よろしくお願いします。」


緒方が去ると久遠も控室に戻った。

久遠=蓮だとばれているのではないかと思うことが何度かあったのであまり驚かなかった。それより『蓮』がキョーコを思っているのを知られていたことが気恥ずかしかった。緒方と京子と一緒に仕事をしたのはダークムーンだけだ。あの時、初めてキョーコへの思いを自覚したのに既に他人にダダ漏れだったなんて、ショックだ。考えてみれば、自覚するより前に社に言い当てられていたのだ。恋とはなんて無様でみっともないんだろう。自嘲めいた笑いが漏れるが、近頃ではそんなみっともない自分も嫌いではなくなっている。これもキョーコのおかげなのだろう。本当にあの娘は俺を翻弄するのが得意だ。


緒方が言っていた、キョーコの『蓮』と『久遠』を見る目が同じというのはどういうことだろう。あの頃も今も嫌われてはないという自信はある。では、キョーコの思いと自分の思いが同じかと問われると途端に自信がなくなってしまう。本当に恋とは無様だ...。