用意された部屋に入るとジェフはドサリとソファーに腰を下ろした。そのままピクリとも動かない。未緒はコーヒーを淹れるとジェフの前に置いた。沈黙がその場を支配する。未緒はジェフが口を開くまで何時間でも待つ覚悟だった。何か慰めの言葉をかけたかったが何も思い浮かばず未緒には『待つ』ことしかできない。ずっと膝に置かれていたジェフの手を見ていた未緒がふとジェフの顔に視線をうつすと頬に涙が流れていた。驚いた未緒はジェフに近づきおそるおそるジェフを抱きしめた。ジェフは為すがままにされていたが、やがて誰にともなく呟いた。


「僕が...僕があんなことを言わなければ赤ん坊は死なずに済んだかもしれないのに...。」

「それは誰にもわからないわ。」

「僕は捨てられたんだと、いらない子どもだったんだと思っていたんだ。」

「そうね。そう思わせられていたのね。」

「どうして...。」

ジェフがもっともな疑問を口にすると、未緒はジェフを抱く手に力を込めた。

「先代のジェフがいない今となってはわからないわ。未婚の母になる孫娘を恥じたのか、それとも世間から守ろうとしたのか...。」

「恥じたのではなく守る?」

「えぇ、そういう風にも考えられるでしょう。30年前なら今よりもシングルマザーは肩身が狭かったわ。しかも、ティーンエイジャーで上流階級。どんな風に世間に見られるか容易く想像がつくでしょう?」

「守る...。」

「少なくともあなたはジェーンに愛されていたのよ。いいえ、愛されているのよ。」

「僕が?」

「えぇ。でなければ、あんな状況で自分が母親だと告白できないでしょう?」

ジェフはジェーンがパーティーで自分が母親だと言った光景を思い出した。あれは子を守る母の行動だった...。ジェフは未緒をきつく抱きしめ返した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



朝、目覚めると未緒はひとりでベッドで寝ていた。ベッドに移動した覚えはないから、いつの間にか眠ってしまった未緒をジェフが運んでくれたのだろう。未緒は手早く身支度を整えリビングへと足を向けた。リビングに続くバルコニーへのドアが開け放たれていてそこにはどこかぎこちなく抱き合うジェフとジェーンがいた。


「あれが親子に見えるかい?僕が勘違いしても仕方ないだろう?」

いつの間にか未緒の後ろにいたウィルが渋面で声をかけた。ジェフが30歳だからジェーンは46歳だ。だが、ジェーンはとても40歳を過ぎているようには見えないくらいに若く美しい。

「ブルームは大人びていたからね。15歳の時には20歳くらいに見えた。血筋なのかな...若いころに老けて見えてもそのまま変わらないから実年齢が見た目を超えたあたりからは年々若く見える。」

「和解したんですね...。」

ボソリと未緒が漏らすとウィルは笑って答えた。

「そのようだな。もともとボタンのかけ違いだからそれに気づけば丸く収まるのは早いよ。」

「お二人は大丈夫なんですか?」

未緒が心配そうにウィルを見た。昨夜の様子から二人が愛し合っているのはわかったけれどそれでも聞かずにはいられなかった。

「あぁ、それなら心配はいらない。昨日の話で僕の胸につかえていたものが綺麗になくなったからね。ジェーンも隠し事が無くなってほっとしたようだよ。」

「その...。他の男性を愛していた女性を愛せるのですか?」

ウィルは未緒の表情をよむように見つめてからシタリ顔で言った。

「愛する人は生涯ただひとり...ってことかい?それなら、ライアンには悪いがジェーンの真の相手は僕だったんだ。15歳のジェーンはそれなりに彼を愛していたのかもしれないけど僕はその時のジェーンもひっくるめて彼女を愛している。僕と出会うためのプロセスだったんだ。」

ウィルはジェーンには秘密だと言って未緒にウィンクした。


ジェフが部屋に入ってきた未緒とウィルに気づいたときウィルは未緒にウィンクして微笑み合っていた。ウィルがジェーンを愛しているのはわかっているけれど、それでも自分がいないところで未緒と穏やかに微笑み合っているのは許せなかった。

「おはようございます。昨夜はすみませんでした。」

ジェフが未緒とウィルの間に割って入って未緒を抱き寄せ、こめかみにキスをする。

「未緒、おはよう。」

未緒はなんとなく気恥ずかしくてジェフから体を離そうとしたがジェフの腕はそれを許さなかった。ジェフの様子にウィルはおかしそうに口角をあげて挨拶を返す。

「おはよう、我が息子よ。」

ジェフはウィルの言葉に驚いて目を丸くしたがウィルはそんなジェフにかまわず、ジェーンを抱き寄せてこめかみにキスをした。

「おはよう、僕の愛しい人。」

ジェーンを腕に抱いたまま、ウィルは未緒に顔を近づけて頬にキスをした。

「おはよう、僕のかわいい御嬢さん。」

ふいのことで未緒もジェフも動けずにいたが、ジェフがウィルを睨むと笑って言った。

「いいじゃないか。ブルームの妻なら僕の娘だろう?挨拶のキスくらいでむくれるなよ。」


ウィルのちょっとしたおふざけで場は一気に和んだ。ウィルがジェフを『息子』、未緒を『娘』と認めたことで新しい家族ができた。誰もそれ以上は何も言わなかったが全員が自分たちは家族であると認識した。


朝食後に書斎で初めての家族会議が開かれた。