控室に訪ねてきたジュリを久遠は笑顔で迎えた。

「どうしました?」

「マルコからのあずかりものよ。」

ジュリが小さな包みを久遠に渡すとジュリを迎えた時より何倍もいい笑顔を見せた。

「できたんですね。ありがとうございます!」

「なんなの?母が尋ねてくるよりも喜ぶなんて。あんまりだわ。」

久遠はジュリの機嫌を損ねたと思い、しまったという顔をした。

「本当、男の子なんて薄情だわ。小さいころは母さんと結婚するって言ってくれたのに。大きくなると母親なんてそっちのけなんですもの。」

「そんな...。今だって母さんのことは愛してます。それは永遠にかわりません。それに女の子だったら父さんと結婚するって言ってたと思いますよ?娘と父さんの奪い合いになってたはずです。」

キッパリと断言する久遠にジュリは久遠の言うことを想像してみた。クーを娘ととりあうですって?そんなこと許せるわけがない。しかも、クーは息子以上に娘を可愛がるのは目に見える。ジュリはニッコリと微笑むと久遠の頬にキスをした。

「久遠、私の子どもがあなたで良かったわ。」

「俺こそ、あなたの息子で良かったと思いますよ。」

そこへスタッフが呼びにきたのでジュリは戻っていった。



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キョーコが撮影のために庭の隅で待機していると女の子が傍にやってきた。子役の子どもではない。一番小さい子役でも確か7~8歳だった。この子はそれよりも小さい。4~5歳くらいだろうか。アジア系の血も交じっている感じで、純粋な白人ではないようだった。女の子はキョーコの顔を繁々とみると挨拶もなしに唐突に話し出した。


「あなた、ナオミを知ってる?」

「ナオミ?」

キョーコには誰のことだが分からなかった。

「なんだ、知らないのね。日本人だから知ってるかと思ったのに...。」

『ナオミ』はそんなに有名なのだろうか。

「『ナオミ』って誰のこと?」

「ナオミはナオミよ。オルティス学園のナオミ、知らないの?」

キョーコは驚いて目を見開いた。オルティス学園のナオミとは自分のことだろうか。例のアメリカでの学園ドラマのキョーコの役名がナオミでナオミの通う学校がオルティス学園だった。だが、目の前の女の子はキョーコとナオミが同じだとは気づいていない。

「ナオミに会いたかったの?」

キョーコが聞くと、先ほどまでの威勢のよさはどこかにいってしまったようにシュンとなってしまった。コクリと頷くと、そのまま下を向いてしまう。

「どうして?」

「私も頑張るからナオミも頑張ってねって言いたかったの。」

「頑張る?」

「私のお婆ちゃんが日本人だからって幼稚園でいじめられるの。ナオミも時々意地悪されるでしょ?でも、ナオミが意地悪されるのを笑い飛ばすと私も元気が出るの。ナオミも頑張ってるんだから私も頑張ろうって。」


ナオミは日系アメリカ人で飛び級しており発明好きのちょっと不思議な女の子だ。発明は好きだがしょっちゅう失敗して皆からからかわれている。それでも憎めないキャラが受けてレギュラーになったほどだ。この目の前の女の子はドラマと真実の区別がついていないのかもしれない。

「それにね。あんなに一生懸命なんですもの。いつか発明も成功すると思うの。それで、きっと世の中に役立つものを作ってくれるのよ。」


まるで我がことのように興奮して話す女の子を見ていると、キョーコまでいつかナオミが成功する日がくるのではないかと思えてしまう。やがて女の子の母が迎えに来て楽しいおしゃべりは終わった。子役の子どもの妹だったようだが、まだ話したりなかったのか母に引きずられるように連れて行かれた。引きずられながらも懸命にキョーコに向けてこれだけは言わないといけないと必死に訴えている。

「ねぇ。もしナオミに会ったら愛してるって伝えて。私も頑張るからあなたも頑張ってって!絶対よ!!」


女の子がいなくなってもキョーコは、しばらく動くことができなかった。『愛してる』ですって?実在しないドラマの中の人物を?あの女の子は『ナオミ』を愛していていつか成功すると信じている。そしてそれが自分を勇気づけてくれるのだという。自分の演じた役が見も知らない人に何らかの影響を与えられるなんて思いもしなかった。まして『愛してる』なんて...。私の『ナオミ』が愛されてる...。社長の言葉がよみがえってくる。ファンを愛し愛されなければ芸能人としてはやっていけないと...。これがそうなの?そういうことなの?キョーコは体の内側からエネルギーがわいてくるような興奮を感じていた。


いつの間にか、出番を終えた久遠が隣に来ていた。呆けているキョーコにどうかしたのかと声をかける。キョーコは黙ったまま繁々と久遠の顔を見かえすと、今まで腑に落ちなかったものが一気にストンと落ちたような気がした。

「いえ、なんでもないんです。」

満面の笑みで言ったキョーコが今までに見たことがないくらい眩しくて久遠は久しぶりに無表情になった。