ジェフの支度はすぐに終わった。男の準備なんて大したことはない、ただ着替えるだけだ。未緒のメイクを待つ間、ジェフは飾られていたショーケースを何気なくのぞいていた。それは見事なサファイヤのネックレスで婚約指輪によく合うような気がした。こんな機会でもないと贈り物は受け取ってもらえないだろうと思い店員にそれもお願いした。本当は何もなくても、未緒の美しい肌だけで十分だとわかってはいる。ジェフは『闇の女王』を思い出してひとり笑みを浮かべた。今日はあの時のような黒いオーラはなかったけれど、漆黒のドレスを着た未緒はさながら女王のようで気高い美しさがあった。
「お待たせしました。」
メイクが終わった未緒がやってきた。たいして作りこんではいないようだが、未緒の美しさをよく引き出していた。
「今日は髪をアップにしなかったんだね。よく似合ってるよ。」
「えぇ、仕事のパーティーでもありませんし、このドレスにはこのほうがいいかと思いまして。」
なんとなく頬に朱がさしているように見えるのは気のせいか?照れてる?
「そういえば、ドレスは初めて見るな。君はパーティーではいつも着物だったから。」
未緒は普段着だってパンツスタイルが多い。時折、はいているスカートだってふくらはぎは隠れている。今日のドレスは踝まであるが、深いスリットからのぞく脚は隠すのがもったいないくらい美しい。
「だって、着物なら踊らなくていいと思っていましたから...。」
未緒はジェフが行くようなパーティーに着て行けるような上等なドレスは持っていなかった。着物なら祖母から譲り受けた質のいいものを持っていたから丁度いいと思っていたのだ。
「あぁ、でももうその言い訳は通じないね。着物でも踊れる曲があるんだから。」
「そうですね。今度からどうやってお断りすればいいか...。」
「夫が嫉妬深いからって言えばいいよ。」
「夫?」
「そう、夫。僕。」
「ジェフ、あなたが嫉妬深いですって?誰も信じません。」
「どうして?」
「だって、『来る者拒まず、去る者追わず』なのは皆さんご存知です。」
「なんだかヒドイ言われようだな、それは今までの僕だろう?僕たちは熱烈な恋愛で劇的に結ばれた夫婦だよ。君に僕以外の男が触れるのは許さない。」
今はふざけた調子で言ってはいるが、ジェフは本当に未緒を誰かと踊らせる気はなかった。着物で踊ると手をヒップにのせざるを得なくなる。いや、ドレスでも駄目だ。そんなことさせてたまるか、未緒は僕の妻だ。
「ふふ。お上手ですこと。」
「そんな訳で僕は印をつけることにしたんだ。後ろを向いて。」
「なぜですか?印?」
未緒は、突然後ろを向けと言われて、理由がわからずためらっていた。するとジェフが「それでもいいけど」と言って未緒を自分の腕に囲うようにした。文字通り腕に囲っただけでどこにも触れてはいない。だが、ジェフの胸板がすぐ目の前にあり、男らしい香りと温もりに未緒はめまいを感じる。
「そのまま、動かないで。」
ジェフは、ポケットから先ほどのサファイヤのネックレスを出し、未緒の首にかけた。留め金をかけ、髪を引き出す時に未緒のうなじに手が触れ吐息がかかる。未緒はもうどうしてよいかわからず、ただじっとするしかできない。
「これでいい...。」
ジェフは未緒を腕から解放すると、数歩下がり満足そうに頷いた。そこでようやく未緒は息を詰めていたことに気づき、深く吐き出す。そうすることで少し落ち着きを取り戻した。
「これはなんです?」
「だから、僕のものという印だよ。」
「犬の首輪ですか?名前は書いていないようですが?」
「大丈夫。誰かに何か聞かれたら、夫からのプレゼントだと言えばいい。それだけでいかに大切にされてるか伝わるだろう。だから、名前が書いてなくてもいいんだ。」
「あなたって、意外と古いんですね。妻の所有権を主張するなんて。」
「なんとでも言ってくれ。僕は自分のものを誰かと共有するなんて絶対にしない。例えそれがただのダンスでもね?」
「はいはい、わかりましたわ、旦那さま。」
「わかってくれればいいんだ。ではお手をどうぞ、奥様。」
それはいかにも愛し合っている夫婦がふざけているように見え、店員たちは二人のやり取りを微笑ましくみていた。